第二百九十章 義賊参上!~ポストリュード~ 7.カラニガン商業ギルド(その2)【地図あり】
「『マウスキッド』を名告ったやつらが動きを見せたのは、トマという村の出作り集落。この集落にもトマの村にも、取り立てて重要性は見出せん。となると、やつらが狙っているのは村ではなく……」
「……街道付近への影響力か? それも、盗賊以外の形で?」
「何やら政略的な色合いが見えてきたな……」
風向きがおかしくなってきたのは事実だが、それと〝カラニガンが迸りを喰った〟事とはどう関係するのか。
「解釈としてはもう一つある――物流封鎖だ」
「物流封鎖……」
「いや、確かにあの間道は、カラニガンにとってこそ重要だが、テオドラム経済にとって占める割合はそれほど……」
「そこが、我々が間違ったところなんだ。『物流封鎖』という単語から、ついその相手を『テオドラム』だと決め付けていた」
「何……?」
「考えてみろ。あの間道が使えなく――少なくとも使いにくく――なった事で、真っ先に影響を受けるのはどこだ? テオドラムという国か?」
「あ……」
「ベーレン周辺の……街道沿いの村か!?」
「そうだ。例えばトマの村のような――な」
う~むと唸るばかりのギルド重鎮たち。
「シェイカー」として物流を締め上げるその傍らで、「マウスキッド」として民に施しを与える。しかも施す物品は、「シェイカー」として商人たちから巻き上げたものだ。
「……掠奪品をどう使っているのかと思っていたが……」
「最初からこういう狙いがあったというのか……」
シェイカーが活動を始めたのは一年ほど前。その頃から既にこのような周到な絵図面を描いていたとすると……
「トマの村長が下手を打った話は聞いているか?」
「あぁ……何でも、出作り集落に酒を振る舞ったのは自分だと言い出したんだったな」
「その集落には特に目を掛けていたのだと大見得を切ったそうだが」
「他の集落でも施しがあったという事が判って」
「話の整合性が取れないと突っ込まれた挙げ句」
「虚言がばれて信用が失墜したのだったな」
「既に吟遊詩人たちがその話を広めまくっているそうだ」
「強欲ななりに影響力は持っていたそうだが、それもこの件で失ったな」
――と、軽口を叩き合っていたところへ、
「つまり――早速に権力構造が変化した事になる。小さな変化ではあるが、確実に――な」
――と言われて一様に沈黙した。確かに小さな変化ではあるが、それでも〝ベーレン周辺〟という範囲に限定すれば、無視はできない程度の変化ではある。
しかも、これは最初の、それも迅速な一歩なのかもしれないではないか。
「……こうなると、アバンの『迷い家』の事も気にならんか?」
「アバン? しかしあそこは……いや、そうか」
「あぁ。遠く離れた場所の事だと、今まであまり気にしてはいなかったが」
「確かに、同じ街道沿いにはなるな」
「待て、アバンと言えば……」
「テオドラムが行商人に高い関税をかけたのが、アバンの先にあるウォルトラムの町だったな……」
「その結果、ウォルトラムへ向かう行商人はいなくなったと聞いたが?」
「あぁ。今はガベルからやって来る隊商が物流の命綱だそうだ。……ベーレンを通ってやって来る――な」
「うむ……」
ウォルトラムは東街道を通じてニコーラムともグレゴーラムとも繋がっているが、この両者は何れもウォルトラム同様の城塞都市であり、生産や商業は盛んではない。つまり、ウォルトラムへの供給拠点とは成り得ない。強いて挙げればモルヴァニアのアラドがあるが、あの国もテオドラムとは仮想敵国の間柄だ。大規模な商流は期待できないだろう。
「ウォルトラムの生命線は、南西街道一本に絞られた訳か……」
「その南西街道に対して、『シェイカー』或いは『マウスキッド』が影響力を強めている……」
「誰が仕組んだのかは知らんが……見事な謀略だな」
――その実は、その場凌ぎの対策に終始していたら、テオドラムが勝手に自爆したようなものなのだが。
「……テオドラムの事はそれくらいでいいだろう。ヴォルダバンの商人たる我々が気にかける事ではない」
かけられた言葉を耳にして、それもそうだと気を取り直す一同。
「我々にとって問題なのは……これが当初からの計画だとするならば、『シェイカー』のやつらは当面あの場所を動かんだろうという事だ」
それはつまり、あの間道が使えない状態が今後も続くという事であり、カラニガンの凋落に歯止めがかからないという事である。それは困る。
「……いっその事、ヤルタ教の連中を嗾けて、『シェイカー』のやつらと噛み合わせるか?」




