第二百九十章 義賊参上!~ポストリュード~ 2.クロウ陣営(その2)
『……さすがに今回は諦めるしか無いだろうが、ヤルタ教の動きを知る手立ては、何か持っておいた方が良いな』
『カイトさんやアムドールさんに頼むのも、難しいですよねぇ』
『あまり目立った真似をさせると危険だからな。あいつらは潜伏工作員であって、訊き込み要員じゃない』
『ヤルタ教の教会の地下とかに、こっそりダンジョンを造るっていうのは駄目なの? クロウ』
『……できなくはないが、ダンジョンの件がバレた時が面倒だ。大体、ヤルタ教の拠点の多くはテオドラムにあるんだぞ? 大事になるのは確実だろうが』
何しろテオドラムは、事ある毎にクロウ指揮下のダンジョンによって、数々の煮え湯を飲まされてきたのだ。ここでテオドラム国内に新たなダンジョン……などとなった日には、どんな暴発を示すものか知れたものではない。
『そっかー……ベジン村とかに造ってる諜報トンネル、あんなのなら大丈夫かなって思ったんだけど』
『……一考に値する提案ではあるが、できれば安全策を採りたいな。トンネルの設置ならいつでもできるんだし』
後半の豪気な発言に関しては、精霊樹の爺さまもシャノアもスルーを決め込む事にしたらしい。クロウの放言暴言については、今更どうこう言ったところで始まらない。
『直接的な情報収集が無理となると、間接的な諜報を考える――というのが、話の順序ではありませんか?』
『間接的な情報収集か……』
軍事に明るい――何せ元は米軍の防空巡洋艦である――クリスマスシティーの提議を受け、改めてクロウたちも考え込む事になった。この場合の〝間接的な情報収集〟というのは……
『ヤルタ教の事を探っている組織や個人、そこから情報を得ようという事か?』
『もしくは、ヤルタ教が活溌に活動している場所……この場合はテオドラム国外になりますが、そこで噂話を集めるとか』
『うむ……中々に心惹かれる提案ではあるが……』
問題は、具体的にどうするか――であろう。
『〝ヤルタ教の事を探っている組織〟って……イラストリアとかモルファンとか?』
『兵隊の屯所に忍び込んで聴き耳を立てるくらい、精霊にとっては朝飯前だけど』
『そぅいぅのってぇ、下っ端の兵隊さんがぁ、知ってる事なんですかぁ?』
『普通に考えたら違うよね』
『噂話として……耳にする……事は……あるでしょうが……』
『そんなヤバげな話を屯所でする?』
『それ以前にですな、その条件に該当しそうなのは「シャルドの封印遺跡」ではありませんかな?』
『あ……そっか、あそこがあったっけ』
『そこから報告が無かったって事は』
『この筋は見込み薄?』
『あとは、〝ヤルタ教の事を探っている個人〟ってなると……』
『いつかのアムルファンの商人さん? ラスコーとかいう』
『却下だ』
下手に突くと特大の藪から、無数の蛇が飛び出してきそうな相手である。そんな危険人物に近付くなど、碌でもない結果になるに決まっている。この手の話で楽観論に縋って良い事など一つも無い。
『そうすると……残るは〝ヤルタ教が活溌に活動している場所で噂話を集める〟?』
『テオドラムの国外でってなると……イスラファン?』
『あー……ベジン村とかでやらかしてたよねぇ』
イスラファンへ赴いたヤルタ教の伝道士たちがやらかした……と言うか、いい加減な鎮魂祭祀をしていたのに付け込む形で、ヤルタ教の威信失墜のための大作戦を展開した場所がベジン村である。以来、イスラファンでのヤルタ教の信用は地に堕ちたかと思いきや、商都ヤシュリクを中心に依然としてそこそこの勢力が維持されているらしい。一応は監視の対象にもなっているようだが、
『そう言えば……イスラファンの冒険者が、時折ヴァザーリにやって来るって、地元の精霊たちが言ってたわね』
――シャノアの呟きを耳にしたクロウは片眉を上げた。
『イスラファンの冒険者が、ヴァザーリに?』
『えぇ、そうみたい』
『ふむ……?』
嘗てこそヤルタ教が威を振るっていたヴァザーリであるが、クロウがクリスタルスケルトンドラゴンという反則的なモンスターを派遣してからというもの、ヴァザーリにおけるヤルタ教の権威は失墜している。彼の地にあった教会もドラゴンによって吹き飛ばされ、教団組織も既に撤退して今は無い。
そんなヴァザーリに、今頃になってイスラファンの冒険者が、度々姿を見せている? 旨味のある依頼も無さそうなのに?
『……何やら気になる組み合わせだな。シャノア、現地の精霊たちに、それとなく気を付けてくれるよう頼めるか? 無論、危険を冒す必要は無い』
『解ったわ』




