第二百八十九章 五月祭(楽日を終えて) 2.ヴァザーリ(その2)
「しかし……何かこう、もう一つ決め手が欲しいところだな」
「うむ。新作のエールも、イスラファンが提案して来た酒場通り――今回は五月祭の出店として試験的に実施――も、それなりに好評だったとは思うんだが……」
ノンヒュームたちの出店に対抗するには齣が足りない。そして――足りない齣が何なのかは解っている。
「『コールドドリンク』か……」
「しかし、『冷蔵箱』の方は何とかなっても、冷やすための氷なり雪なりを用意できんぞ?」
「王都やシアカスターでは、魔術師を雇って作らせたようだが……」
「ヴァザーリへ来てくれるような奇特な魔術師がいると言うのか?」
魔術の達者と言えばエルフだが、彼らを含めたノンヒュームと絶賛冷戦状態にあるここヴァザーリに、来てくれるエルフなどいる訳が無い。いや、それで言うなら人族の魔術師だって怪しい。
となると、唯一残された代替案は氷室の類しか無いのだが、
「王都の氷室は王国の肝煎りで整備したものだ。同じようなものをヴァザーリでやるのは無理だろう」
「うむ……」
処置無しかと思われたその時、一人の男が何か思い当たったように呟いた。
「そう言えば……」
「何だ?」
「何かあるのか?
「いや……バンクスがな、小規模な氷室を試作したという話を耳にした」
「何だと?」
「確かな話か?」
到底聞き捨てに出来ない話に、他の面々も身を乗り出した。
「いや、王都にあるような本格的なものじゃなくて、冬の間に掻き集めた雪を、近くの廃坑に運び込んだだけらしいが……」
生憎とバンクスとヴァザーリの距離はそれなりにあるので、その「雪室」の首尾については判っていないようだったが。
「しかし、そんな程度で氷室の代わりが務まるというなら、これは確かめておくに如くは無い」
「うむ。早速にもバンクスへ人を遣って……」
――と、逸り立つ一同であったが、
「いや……それは寧ろ悪手かもしれん」
「何だと?」
「どういう意味だ?」
「考えてもみろ。バンクスの五月祭にはノンヒュームが店を出しているのだぞ? 今頃は出店を引き払っているだろうが、残留している者がおらんとも限らん。そんなところへヴァザーリの者が顔を出したりすれば……どうなるかなど解るだろうが」
「あ……」
「そうか、それがあったな」
「しかし……黙っていれば判らんのではないか?」
「判った時が困るだろうが。バンクスが作った程度の簡素な『雪室』なら、適地さえ見つけてやれば造るのは難しくない筈だ。それにどの道、今年の夏には間に合わんのだ。ここで焦っても仕方があるまい」
「うむ……」
「それもそうか……」
「では、バンクスには熱りが冷めた頃を見計らって人を遣るとして」
「問題なのは氷室……いや、雪室の適地か?」
「バンクスでは廃坑を活用したそうだが……」
「ヴァザーリにそんなものは無いぞ?」
う~むと唸って考え込む一同。折角の名案が画餅に帰しそうな気配に、眉間の皺が深くなる。
「いや……待て。廃坑は無いが洞窟なら」
「洞窟? そんなものがあったか?」
「あぁ。以前に少し噂になった事がある。何やらコインのようなものが出たといってな」
「あ……『コインの洞窟』か」
「しかし……あそこは確か崩れ落ちたとか聞いたが?」
「あぁ。しかし、近くに別の洞窟があるかもしれん。探してみるのも無駄ではあるまい?」
「成る程……」
「どうせ時間はたっぷりあるんだ。確かめるのも悪い話ではないな」




