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第二百八十九章 五月祭(楽日を終えて) 1.ヴァザーリ(その1)

 五月祭の店仕舞いも粗方(あらかた)終わった頃、ヴァザーリでは首脳部の面々が集まっていた。

 ノンヒュームとの確執によって(ちょう)(らく)・没落どころか暴落……いや、既に墜落(ついらく)の様相を呈しているヴァザーリでは、例年どおりの三日開催でいいのではないかとの自虐的な意見もあったが、隣のリーロット――ヴァザーリにとっては忌々しい商売敵の成り上がり者――が五日開催を決めている以上、交通の(よう)(しょう)たるヴァザーリが三日開催というのは色々と具合が悪い。なので気の進まぬままに五日開催とした次第なのであった。



「どうにか(たい)()無く五月祭を終えられたな。……(かつ)ての賑わいには遠く及ばんが」

「それでも『新作エール』の評判は悪くなかっただろう。それだけでも(おん)()ではないか」

「まぁ、それもそうだな」

「しかしそれも、ヤシュリクの協力あっての事だろう。彼らが手を差し伸べてくれなんだら、どうなっていた事か」

「考えるのも恐ろしいな……」



 ヴァザーリはイスラファンとテオドラム、更にはアムルファンを含めた三国とイラストリアを結ぶ交通路の結節点であり、その立地を(もっ)て古くから栄えてきた。ノンヒュームとの(いさか)いによって商都としての価値が粉砕されようとも、交通の要衝としての価値に変わりは無い。()して隣国イスラファンにしてみれば、イスラファンとイラストリアを結ぶ街道のとば(くち)がヴァザーリなのだ。勝手に没落されては困るのである。


 そんな商人的な思惑(おもわく)と、それに加えてヴァザーリ不穏分子の監視をイラストリア王国に対して密かに申し出るという政治的駆け引きの帰結として、イスラファンの――よりはっきりと言えばヤシュリクの商業ギルドは、ヴァザーリの救援に乗り出したのであったが……関係各位の誤解と打算と迷走の結果から、何時の間にやらヴァザーリの新作エールの開発に一枚噛むという話になっていた。

 ヤシュリク連は頭を抱えたものの、事ここに至ってはもはや(はら)(くく)るしか無いとばかりに一歩踏み込んだのだが……その踏み出した先は泥沼であった。



(そもそも)の話としてだ、ヴァザーリにせよテオドラムにせよ、ノンヒュームとの反目は周知の事実。ノンヒュームに対して忖度(そんたく)する連中が、『新作のエール』とやらに引っ掛かるとは思えん。……エールの出来がどうこう依然に、な〟

〝うむ。新作のエールで呑兵衛どもの足を止める……というのは悪い案ではないが、それだけだと効果は限定的なものに留まるだろうな〟

〝テオドラムが協力しているというのも、下手をすると裏目に出かねん。テオドラム小麦の悪評を考えるとな〟

〝ヴァザーリの連中の努力は買うが……何かもう一手が必要だろう〟



 ……という話になる。


 ここでヤシュリク連が(ひね)り出したのが、ヴァザーリの酒場に他国や海外の酒を融通して、現地に「万国銘酒博覧会場」と言うか「酔い潰れ横町」と言うか、或いはコミケならぬ「飲ミケ」とでも言うか、そういう場を作ってはどうかというものであった。個々の店としてなら同様のコンセプトもあるだろうが、それを街区単位に(まと)めるというのは恐らく先例があるまい。

 資金その他は――少なくとも最初のうちは――商人たちの持ち出しになるだろうが、他所(よそ)で大規模な実験ができると思えば悪い投資ではない。

 ヴァザーリとテオドラムが満を持して開発した「新作エール」もその中に紛れ込ませてしまえば、先入観から忌避される事も無いだろう。実際に試飲してみた感じでは、ノンヒュームの「ビール」には及ばないにしても、既存のエールとなら充分に張り合う事が出来そうだ。


 ちなみにこの計画が実施された結果、ヤルタ教が企図していた「小売り酒屋」もその中に埋没する仕儀となり、ボッカ一世が期待していたような〝存在感〟を発揮する事はできなくなったものの、その一方で目立たず現地に溶け込む事には成功したため、是とも非とも言い切れぬ結果に終わるのだが……それはもう少し先の話になる。


 ――閑話休題(それはともかく)

拙作「ぼくたちのマヨヒガ」、更新しています。宜しければこちらもご笑覧下さい。

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