第二百八十八章 五月祭(四日目) 6.リーロット(その4)
「……ザイフェル老、幾ら何でもそれは言い過ぎではないのか?」
「何が言い過ぎなものか」
ここでザイフェルはジロリと辺りを睥睨すると、
「儂らは商人だ。それもテオドラムのではなくイスラファンの――な。そんな儂らが気にするべきは、他国の国策などではなく、それが自分の商売にどう影響するか、それだけだろう。――違うか?」
「そう言われれば反論のしようも無いが……老は何をお考えなのだ?」
然り気無く「老」という部分にアクセントを置き、〝老い耄れが世迷い言を抜かしてんじゃねぇ〟というニュアンスを込めるラージンであったが、そんな腹芸に動じるようなザイフェルではない。逆に〝世間知らずの青二才は黙っとれ〟という含みをその視線に滲ませて、
「北街道であれ中央街道であれ、単にそれが整備されただけでは、儂らの利に繋がる訳ではない……それが使えぬのであれば――な」
「街道の利用制限……それがあるとお考えか?」
「いや、幾らテオドラムが独裁国家であると言っても、他国の人間が利用している街道を封鎖するとは考えにくい。特にマルクトからニルへ至る街道は、そこからリーロットへ繋がっている事を考えると、テオドラムの国益にも大いに寄与している筈。通行の制限などあり得まい」
「すると……?」
「問題となるのはニルからグレゴーラムへ至る、北街道の東半分だろう。グレゴーラムで何らかの凶事があったとの噂があり、今回の増派でテオドラム自身がそれを裏書きした事になる。……街道を脅かす可能性のある、何かの脅威が存在するのは間違いあるまい」
〝問題は〟――と続けた後に、ザイフェルはグルリと一同を睨め廻す。
「……テオドラムがその〝脅威〟の排除に動くかどうか。言い換えると、街道の安全を保障するかどうかという事になる」
ここまで言われれば、他の商人たちにも話のオチは読めてくる。
「……大兵力の通行には問題無いとして、それ以上の安全保障には動かない――と?」
「我々が利用するのは禁じないが、その安全は担保しないという事か」
「あり得ぬ話ではあるまい?」
――確かにあり得ぬ話ではない。そして同時に、軽く見逃せる話でもない。
グレゴーラムは純然たる城塞都市ではあるが、そこに駐留する人数は莫大。畢竟、消費する物品の量も莫大なものとなり、商人的には色々と旨味のあるところなのだ。そこへの道が安全なのかどうか、それは自分たちが利益を出せるかどうかにも関わってくる。
「こうなると、グレゴーラムで起きたというスタンピード騒ぎの真偽が重要になるな」
「……? スタンピードが起きたのは確かじゃないのか? 実際にテオドラムがグレゴーラムの強化に走った訳だし」
「いや。テオドラムの動きは〝グレゴーラム界隈に存在する脅威〟に対してのものであり、その〝脅威〟が何なのかまでは確かめられていない。大規模な盗賊団という可能性だってあるしな」
たかが盗賊相手に、苟も一国の正規兵が後れを取るのか――という正論には、説得力のある反証が存在した。……「シェイカー」である。
位置的に考えて、グレゴーラムでの「変事」にシェイカーが関与している可能性は低いだろうが、だからと言って他の盗賊団までが無関係だとは言い切れない。
それに……
「『サウランド・ダンジョン』の仮説か……」
「ただの与太噺かと思っていたが……」
「考え直す必要がありそうだな」




