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第二百八十八章 五月祭(四日目) 5.リーロット(その3)

 ……違う。


 テオドラムが北街道、就中(なかんずく)その西区間での整備を急いだのは、一に懸かってボーデの村民を懐柔し、悪い評判が拡がるのを防ごうとしたためである。手近なところへ出稼ぎの場を(しつら)えてやり、不満解消のための受け皿としようと図ったのだが……生憎(あいにく)とその出足が遅れたため、リーロットへの出稼ぎを阻止する事は叶わなかった。皮肉な事にそのせいでテオドラムの(もく)論見(ろみ)()(けん)を免れたのだが、結果として新たな誤解を生み出す下地を提供する事になっていた。


 何しろ中央街道では、(かつ)て二個大隊四千名弱の兵士が突如として行方(ゆくえ)を絶っており、今に至るもその消息は(よう)として知れない(笑)。テオドラムは必死にその件を秘匿しようとしているが、〝上手(じょうず)の手から水が漏れる〟の(たと)えのとおり、漠然とした噂だけは密かに拡がっていったのである。

 これはグレゴーラムでの件についても同様で、惨劇の目撃者こそいなかったものの、意気揚々(?)と出かけて行った筈の兵士が戻らず、砦が緊迫感に包まれたとあれば、何か変事があった事など隠しようも無い。テオドラムが幾ら秘匿に動こうとも、不穏な噂が広まるのは避けられなかったのである。



「冒険者への依頼というのは確かなんだな?」

「あぁ。ニルの冒険者ギルドに()てて、テオドラムから調査依頼が入ったそうだ。まぁ、肝心の冒険者が皆出払っていたため、中央街道を通ってリーロットへ向かった商隊の護衛を受け持った者に、道中の報告を出させてお茶を濁したようだが」

「中央街道か……確か以前にも……?」

「あぁ。冒険者ギルドの(きも)()りで調査が為され、特段の異常無しという結果が出ている。……それでもテオドラムは動こうとしなかったがな」

「うむ……テオドラムは何かの懸念を抱いていたという事か」



 テオドラムが中央街道の整備に乗り出さなかったのは金欠のせいであって、別に中央街道に含むところがあった訳ではない。イスラファンの商人たちもこれまではそれで納得していたのだが……こうして改めて情報が整理されてみると、別の理由も見えてこようというものなのであった(笑)。



「今回改めて調査依頼を出したという事は……」

「北街道の整備によって、状況が変化したという事なのだろう」

「確かにな。あのルートが整備されるという事は……」

「当然、マルクトとグレゴーラムの連携を考えての事だろう。少なくとも最終的には」

「そうなると、ヴィンシュタットからのルートが活かせないというのでは話にならん」

「北街道の東区間と中央街道。この二つの整備も視野に入れていると見るべきだな」



 まぁ、商人たちの見立ても(あなが)ち間違ってはいない。ただ、テオドラム当局の思惑(おもわく)としては、それは飽くまで将来的な完成像であって、近日中にどうこうという話ではなかった。国庫にそんなゆとりは無い。

 その辺りの事情も含めたスケール感の違いが誤解の(もと)であったのだが、商人たちがそれに気付く事は無かった。



「国軍の派遣というのは……?」

「これも伝聞情報だが、グレゴーラムの駐留兵力が増強されたそうだ。伝聞ではあるが、情報の(しん)(ぴょう)性は高いと思ってくれ」

「うむ……」

「そうすると……モンスターの襲撃記録の無いマルクト~ニル間では兵士が派遣されず、不吉な噂のあるグレゴーラムに兵士を増強した訳か」

「グレゴーラムでの変事の噂に、当のテオドラムが裏付けを与えているようなものだな」

「だが、敢えてそれを断行したという事は……」

「うむ。テオドラムは次の段階を東区間の整備と決めた……そういう事だろう」



 ……違う。


 (そもそも)の前提に大いなる誤りがある。

 グレゴーラムでは駐留兵力の増強など行なわれてはいない(・・・)

 グレゴーラムに兵員が派遣されたのは事実であるが、あれはグレゴーラムから抽出されていた兵力を戻しただけである。


 まぁ実際には、「災厄の岩窟」への派兵やら、「岩窟」と「シュレク」の二つを抱え込んで兵力涸渇に陥っていたニコーラムへの増援やら、盗伐騒ぎで失われた兵力の補填やら、はたまたシュレクへ派遣していたニコーラムの兵士が戻るのに合わせてのニコーラムからの兵士の帰還やら……色んな動きが錯綜(さくそう)してしまった結果、兵力の動きが読めなくなっていたという不幸な事実はあったのだが、イスラファンの商人たちがその動きを読み違えたという事実に変わりは無い。


 そしてそのせいで、テオドラム視点では単純明瞭な筈の原状復帰の動きが、おかしな誤解を招く事になっていた。

 だが――商人たちがう~むと考え込んでいるのを、



「テオドラムの意図はこの際どうでもいい」



 ……一喝の(もと)に道破する者がいた。誰あろう、ザイフェルその人である。

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