第四十四章 招かれざる客たち 1.ダンジョンマスター?
新展開です。
アクセサリー騒動も一段落ついたその日、俺は久しぶりに「還らずの迷宮」を訪れ、ロムルスやレムスと気楽な会話を楽しんでいた。
『……それじゃ、ダンジョンマスターってのは生まれついての種族じゃないのか』
『そうですね。一種の特殊技能ですから生来の素質というものはありますが、ダンジョンマスターとなる事を選ぶかどうかは本人次第です』
『で、ダンジョンマスターはどうやってダンジョンを乗っ取るんだ?』
『乗っ取るというか、一種の契約ですね。ダンジョンはダンジョンマスターを保護し、ダンジョンマスターはダンジョンの効率的な活動を支援する、そういった関係です。それで、ご質問の答えですが、ダンジョンマスターは通例若いダンジョンを見つけてその中に入り込み、ダンジョンコアと交渉するんです。ダンジョンが大きく成長している場合は、ダンジョンコアの許に辿り着くのが大変なので、大抵の場合は敬遠します』
『ふむ。そうすると、ロムルスやレムスは敬遠の対象か?』
『そうですね。ダンジョンマスターが接触を図ろうとするならクレヴァスのレブという事になると思います』
あ、レブと言うのはクレヴァスのダンジョンコアの事ね。クレヴァスからとって「レブ」。……いや、「レヴ」にすると発音しにくかったんだよ。
そんな話をしていると、当のレブから緊急の連絡が飛び込んできた。その念話は、容易ならぬ事態が生じた事を告げていた……ように思えた。少なくとも台詞だけを聞いていると。
『ダンジョンマスターらしいのがやって来ただと?』
『はぁ……多分……そうではないかと思うのですが……』
『何だ? 妙に歯切れが悪いな?』
『……外から見た映像を送ります。ご覧になるのが早いかと』
クレヴァスの外からケイブラット――中型のネズミのようなモンスターだ――の眼を通して撮ったらしい映像には、確かに妙な男の姿が映っていた。だが……。
『……あいつは何をしたいんだ?』
『……多分……中に入りたいんじゃないかと……』
『いや、トカゲやネズミが出入りできる程度の割れ目だぞ? 見ただけで無理って判るだろう?』
『……何か仕掛けがあるんじゃないかと勘ぐっているのでは?』
その男はしきりと割れ目から中の様子を窺い、あちこちの岩壁を叩いたり動かそうとしたり……端的に言えば無駄な努力を続けていた。その様子を見て、女湯を覗こうとしている変質者みたいだと思ったのはここだけの話だ。
『あ、地面を掘ろうとしていますね』
『道具もないのに……手掘りでは無理なんじゃ……』
『無人島に流れ着いた遭難者か、脱獄を目指す囚人……って感じなのがどうにも哀れを誘うな……』
『あ……諦めた……』
『腹立ち紛れに岩壁を蹴って……あぁ、爪先を痛めたようです……』
『おや? 魔法を使うようですね?』
『ダンジョンの壁が未完成なのに賭けたんだろうな。しかし、残念だが……』
『あ~、地面に突っ伏してますね……』
『……コレ、上映したら観賞料とれるんじゃないか?』
男は四十分ほど俺たちを楽しませてくれたが、やがて諦めたように踵を返すと、とぼとぼという感じで去って行った。エンディングもペーソス溢れる感じで中々いい。
『……何だかよく解らんが、楽しめはしたな。あいつはどこへ向かう気だ?』
第二部があるのなら見逃せないしな。
『クレヴァスのある荒れ地で夜を過ごすのは辛いでしょうから、モローの旧ダンジョン跡にでも向かったんじゃないですか? あるいは、私たちの迷宮でも入口付近で夜露を避けるくらいはできると思ったか』
『ふむ。ロムルスにレムス、一応警戒はしておいてくれ。上手くすると第二部が見られるかも知れん』
『『諒解しました♪』』
二人の声も心なしか……いや明らかに楽しそうだな。
『しかし、ああいうのがやって来るようだと、クレヴァスも内部での撃退システムを充実させた方がいいのか?』
『どうでしょうか……クレヴァスへの突入は物理的に困難と思えますが……』
『入口、狭いですからねぇ……』
『転移の術で入ってくるような手合いはいないのか?』
『……あり得なくはないですね、理屈では。……中でつっかえて大変な事になるような気もしますが』
『レブはどう思う?』
『外での迎撃と中での迎撃、どちらを優先するかという事ですか?』
『あぁ、そういう事だ』
『……電撃鞭の開発は終盤に差し掛かっていますし、あれは内部でも使えるので、このまま開発を続けたいと思います。光線砲はクロウ様の反射鏡次第ですね。これらが片付いてから坑道内での迎撃システムに取りかかりたいと思います』
ふむ。そんなところだろうな……。
そんな事を話しているうちに、事態は大きく動いた。
『クロウ様! 旧ダンジョン跡で国軍の兵士とダンジョンマスターらしい男が衝突しました!』
おっと……こういう展開は予想してなかったな。
『レムス、ケイブバットの映像は出せるか?』
『お待ち下さい……出ました』
画面の中ではダンジョンマスターらしき男が五人ほどの国軍兵士と戦闘を繰り広げていた。
『……あの男もそれなりには戦えるんだな』
『かなり善戦していますね』
『だが、兵士の錬度が高い。これは……無理のようだな』
男は魔術を駆使して健闘していたが、散開した兵士のうち二名が弓で牽制を仕掛け、それに気を取られた隙に残りの兵士が火魔法と剣で襲いかかり、男を斃した。
『序盤を見損ねたが……兵士の方から仕掛けたのか?』
『いえ、ダンジョンマスターらしい男が問答無用という感じで仕掛けました。どうやら魔族だったようですね』
国軍の兵士は男の屍体を検め、魔道具を使ってどこかに連絡を入れると、屍体は野営地に運んで行くようだった。ケイブバットが盗聴したところ、明日中に飛竜を使って王都に運ぶつもりのようだ。
その様子を見ているうちに、中継画像を見ていたライから念話が届いた。
『ますたぁ、これってぇ、陽動になりますぅ?』
……なるほどな。
続きは明日。




