第二百八十七章 五月祭(三日目) 3.バンクス~パーリブ皮革店~(その2)
「う~ん……〝ノンヒュームの革細工〟も〝イラストリアの革細工〟も、やっぱりモルファンのとは違うわね。……どこがと自信を持っては言えないんだけど……素材なのかしら?」
パーリブが見せた二組の革細工、それを私物の革細工と見較べながら、王女は自信無さげにコメントし……それにパーリブが頷きを返した。
「イラストリアのもノンヒュームのも、野生の獣やモンスターの皮が材料です。対してモルファンのそれは、家畜の皮が材料になってるようにお見受けしましたが?」
「そうね。野獣や魔獣……狩りの獲物の皮を使ったものも勿論あるけど、能く出廻っているのは家畜の皮ね。……イラストリアでは違うのかしら?」
「あー……イラストリアだと山林が多いせいで、家畜を飼う土地が乏しいんですよ。下手に牧場なんて作ってると、モンスターを呼び寄せる事になっちまうんで」
「あぁ……そういう事なの」
平坦な土地があり余っているモルファンと違い、イラストリアは基本的に山勝ちの地形である。なけなしの平坦地は全て耕地に廻されるため、広い牧場など作るゆとりは無い。また、山勝ちという事は山林が近いという事で、それはつまりモンスターの縄張りに近いという事でもある。その目の前に家畜をぶら下げるような真似はできないのだ。
「そういう事……けど、ノンヒュームと人族の細工にも、何となく違いがあるように思えるんだけど……こっちの手触りとか、寧ろモルファンのと似てるような……?」
「あぁ、そりゃ、下拵えのタイミングとかでしょうな」
「下拵え……の、タイミング?」
困惑した表情を見せる王女――と、その随員たち――に、今度はパーリブが説明する。
「人族の場合、獲物を狩ってから皮が職人の許へ届くまでに、どうしたって日数がかかるんですよ。誰も彼もがマジックバッグなんて高い道具を持ってる訳じゃねぇんでね。で、その間に……」
「……皮の品質が低下するって事?」
「ご名答で」
では、ノンヒュームの場合はどうかと言うと、
「ノンヒュームの革職人ってなぁ、大抵が獣人でしてね。狩りにも自分で行くってやつがほとんどなんで、狩った現場で或る程度の下拵えができるんでさぁ」
対してモルファンの場合は、皮の下処理は素より、どうかすると加工自体も遊牧民が行なうので、やはりタイムラグは生じない。畢竟、品質の低下も起きにくいという事のようである。
「特に魔獣の場合だと、魔力残渣の処理やら何やらをきっちりやんないと、品質が覿面に下がるんでしてね」
「そういう事なのね……」
感心する事頻りといった体の王女に、パーリブが革製品を返そうとしたのだが、
「宜しければ差し上げるわ、それ。今日という日の記念に」
ノンヒュームとのコネを持つ商人と誼を通じるため、大国の王女が手土産を持参して訪れる……などという振る舞いに及ぶ事はできない。たかが一介の商人を相手に、王族が謙るような真似はできないのだ。
しかし――記念品というなら話は別だ。それなら自然な形で品物を渡す事ができる。
最初からこの展開を目論んでいたらしき王女に、パーリブとしても苦笑を浮かべるしか無い。
「それでは、こちらの品もお持ち下さい……今日の『記念品』という事で」
「ありがとう。戴くわね」
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結果的に「幻の革細工」と人族の革細工を献上する事になったが、パーリブが損をした訳ではない。
対価――表向きは記念品――として貰った「モルファンの革細工」は間違い無く上等の品であるし、〝王女からの拝領品〟という付加価値はそれを上回って大きい。
パーリブは本日の収穫物を見ながら、幼いながらも優秀な王女殿下の事に思いを馳せるのであった。




