第二百八十六章 五月祭(二日目) 4.バンクス~ボルトン工房出張販売所~(その1)
聞くところでは「ワタガシ」というのは、それは大層摩訶不思議なものであるそうだが、さすがにあの人混みの中に吶喊してまで見物したくはない。何より護衛の者たちが止めるだろう。
それに製作の過程だけなら、最悪ノンヒュームに頼んで見せてもらう事だってできるかもしれない。あまり急くのは好手ではないだろうが、留学の期間は一年以上と決めてある。もう少しノンヒュームと誼を通じるその時まで、楽しみにとっておくのも良いではないか。
王女の問いかけに暫く首を傾げていた「リズ」であったが、やがて何かに思い当たったようだ。
「この先にボルトン工房が臨時に店を出しています。あそこの版画は見ておくべきかと」
「ボルトン工房?」
その名前も、カールシン卿の報告で目にした事がある。確か……
「シャルドの……風景画を売り出しているところだったかしら?」
そして――その「風景画」の作者は、恐らくは封印遺跡の内部を描いたのと同一人物らしいというのが、カールシン卿の見立てであった。尤もそれ以上の追及は、工房の者にやんわりと断られた由であったが。
工房で売っているという版画もそうだが、あの交渉上手のカールシン卿を退けた辣腕の交渉人がいるというのなら、これは確かに見るべきものがありそうだ。しかも……
「そう。それに今回は、他にも目玉商品がありますから」
「目玉商品?」
思わせぶりなリズの言葉に乗せられて、一同がやって来た先で見たものは、
(成る程……これは一見の価値ありだわ……)
他ならぬアナスタシア王女の一行がイラストリアへやって来た時の、麗々しい行列を描いた版画であった。無論クロウの手になるものであるが、見れば結構な人気商品らしく、見る者買う者が引きも切らない。王女たちとしては複雑な心境である。
(「何と言うか……見世物にされているようで、落ち着かないのですが……」)
(「でも、個人の特定ができないような構図になってますよ?」)
(「この……御者席に座ってる兵士なら、個人の特定は可能じゃない?」)
(「いえ、御者役は適宜交替していた筈です。この絵がどこで描かれたものか特定できない以上、個人の特定も不可能ですね」)
(「残念ね」)
(「多分ですが、描かれている当人も残念に思うのではないかと」)
(「一世一代の晴れ姿。それが、こうも見事な筆致で描かれているんだものねぇ……」)
王女たちが小声で姦しく下馬評を繰り広げているその傍らでは、ボリス・ジャンス・モンクの第一大隊三人組が、やはり職業的興味を交えての談義を交わしていた。
(「咎められるのを避けるために個人の特定ができない描き方にしたのでしょうけど……それを不自然と感じさせない構図の取り方は見事ですね」)
(「お、お前もそう思うかよ」)
(「モンクの画技も素人芸ではないと思うが……」)
(「いえ! 自分など迚も迚も……」)
(「ただ馬車行列を描いてるだけだってのに……何かこぅ、迫って来るもんがあるんだよな」)
(「そうですね……特にこの、低い視点から仰いだような構図なんか、一体どうやったら描けるのか……」)
――ケイブラットの目を借りて見た映像を、ダンジョンマスターの能力で保存しておけば描けるのだが……そんな裏技は、モンクたちの脳裏に浮かぶ事すら無いのであった。




