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第二百八十六章 五月祭(二日目) 3.バンクス~王女と迷姫~

 前世の因果で結ばれているのかと疑いたくもなるようなエンカウント率で、ボリス小隊長が引き当てたリスベット・ロイル嬢。


 変幻自在にして神出鬼没な迷子の手並みから、密かに「迷姫(まいひめ)」の二つ名を(たてまつ)られている怪人物であり、後にクロウから「歩く特異点」と評される事になる奇才であったが、それでもさすがに貴族の席に連なるだけの才覚は引き継いでいたらしい。

 どこで何をどうしたものか、アナスタシア王女の正体を見抜いたらしく、王女に向かってそれは綺麗な膝折礼(カーテシー)を決めたのである。



「まぁ」



 ただ一言の中に、感嘆と称讃、そして(すい)()を含めた感嘆詞であったが、リスベットはその意味を的確に理解したと見えて、



「マンフレッド・ラディヤード・ロイルの娘リスベットが、いと尊きお方にご挨拶(あいさつ)を申し上げます」



 ……最高度の敬意を込めて、それでいて微妙に(じょう)(せき)から外れた挨拶(あいさつ)(ごん)(じょう)してのけた。


 この時のリスベットの台詞(せりふ)が定型から外れている点は二つ。

 第一に、リスベットは父親の国籍にも爵位にも触れなかった。そして何より、アナスタシアの王女という身分について触れる事も無かった。

 ……つまり、身分を明らかにしないままに、アナスタシアという一個人(・・・)に対して、最高度の敬意を表したという事になる。


 王女は視線でボリス小隊長に問いかけたが、微かに首を振る事で返って来た答えは(いな)というもの。ボリスが王女の正体を漏らした訳ではないらしい。……つまり、リスベットは己の才覚のみで、王女の正体を看破してのけたという事になる。


 これに先程の敬礼の件を加えると、リスベットは、〝王女の五月祭参観が非公式なものである事を忖度(そんたく)して、敢えて身分を明かさないまま礼を執った〟という事になる。……アナスタシア王女の興味を引くに充分な行動であった。



(……リスベット・ロイル。この子がカールシン卿の言ってた「迷姫(まいひめ)」ね。けど、カールシン卿の報告には、ここまで(さい)()煥発(かんぱつ)な令嬢とは書いてなかったけど……?)



 視線を巡らせてカールシン卿を見ると、露骨に表情には出していないが、やはり驚いた()(しき)が見える。してみると、カールシン卿にも予想外だったという事だろう。

 だが、今はそれよりもリスベットに対する答礼である。



「これはご丁寧に。わたしはアナスタシア……ここでは(・・・・)『アナ』と呼んで下さって結構よ」



 母国における彼女の愛称は「ターシャ」であるが、そこまでの呼び方を許すつもりは無い。()うなれば、この場限りの偽名のようなものだ。

 それでも――リスベットの配慮を受けて身分を隠すためだとは言え、そしてこの場限りの偽名のようなものだとは言え、愛称呼びを許したという事は、或る意味で王女がマナステラの貴族に対して多大な配慮を示したという事で、これは外交上の大事件だとも言えた。

 (もっと)も、そこは王女も抜かり無く、〝ここでは〟の一語を入れている。これでマナステラが増長したりしたら、大国モルファンの威信を(もっ)て冷笑するだけだ――TPOを(わきま)えぬ愚物だと。


 そして――モルファンから王女に随行して来た者たち、言い換えれば王女の為人(ひととなり)を熟知している者たちは、これが王女の茶目っ気によるものだと気付いていた。リスベットの対応に感心したのも事実だろうが、それより何より〝偽名を使ってみたかった〟のだろうと。

 実際に王女がそれとなく目で合図していたのは、以後は他の者たちも「アナ」と呼ぶようにという事なのだろう。



「それでは、わたしの事は『リズ』――と」



 そしてどうやらリスベットも、その辺りの機微を――漠然とであれ――掴んだらしい。



(よろ)しくね、リズ。ところで……わたしはこちらの五月祭は初めてなんだけど、どこか面白いところはあるかしら? ノンヒュームの出店以外で、という事なのだけど」


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