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第二百八十五章 五月祭(初日) 7.バンクス(その2)

 ところが――この状況に特大の一石を投じたのがノンヒュームであった。


 如何(いか)なる手品を使ったものか、彼らは〝テオドラムより良質の砂糖を、テオドラムより安く〟提供するというハイグレード・ロープライス戦略を打ち出して、テオドラムの国営産業に確かな(くさび)を打ち込んだのである。


 ノンヒュームの砂糖供給量がそこまで大きくないと想定された事から、これはノンヒュームによるテオドラムへの嫌がらせであり、市場経済を揺るがす程の事は無いだろう――と、当初は警戒を募らせていた沿岸諸国も安堵していたのだが……早々にその想定が甘かった事に気付かされる事になった。何かと言えば潜在需要の発掘と市場の拡大である。

 あろう事かノンヒュームは、単に砂糖の廉価販売を行なうだけでは飽き足らず、その砂糖を使った菓子やコールドドリンクの販売にまで手を広げたのである。

 しかも、業者による仕入れの申し入れを厳として拒絶し、飽くまで一般客相手の販売という方針を崩さなかった。


 その結果……価格的に大量購入ができず、しかも年に数度の機会しか与えられなかった庶民の間にも、砂糖を使ったプチ贅沢の習慣が広まる事になったのである。

 単に出来合いの菓子やコールドドリンクを購入するだけでなく、自分たちで創意工夫して、様々なスイーツを楽しもうとする習慣が。


 更に悪い事に……と言うと()(へい)があるが、更に事態をややこしくしたのが、ノンヒュームが提供する甘味が多岐(たき)(わた)っていた事である。

 当初こそ日保(ひも)ちのするものを優先していたようだが、それでも飴やら砂糖漬け――中にはメロン丸ごとの砂糖漬けなんて際物(キワモノ)もあった――やら〝ダガシ〟やら〝ゼンザイ〟やら〝ワタガシ〟やら……作り方が想像もできないものから、自分たちでも工夫次第で作れそうなものまで、幅広く取り揃えて売りに出したのである。


 ……世の甘党が興味を引かれない訳も無ければ、(ふる)い立たない筈も無かった。


 イラストリア発――正確にはイラストリアのノンヒューム発――の砂糖文化が広まりつつあると気付いて、慌てたのが沿岸諸国である。単に〝安い砂糖が売りに出された〟だけだと(たか)(くく)っていたら、潜在的な砂糖需要の掘り起こしにまで事態が進んでいたのだ。(いやしく)も貿易立国を(ひょう)(ぼう)する者として、これを無視してどうなるか……という話である。



「カールシン卿が去年送ってくれたレポートも衝撃的だったしね」

「お騒がせする事になったようで、恐縮です」



 アナスタシア王女とカールシン卿が話しているのは、昨年の暮れにカールシン卿が母国モルファンへ送ったレポートの事である。五月祭の下見を兼ねてバンクスの新年祭にやって来たカールシン卿主従は、イラストリア王国第一大隊第五中隊歩兵第二小隊のボリスとジャンスの案内で、バンクスの料理屋で食事を摂った事がある。そしてその際に、町の一膳飯屋とは思えない程に洗練された味わいに驚かされたのであった。

 説明役を買って出たボリスやジャンスに、これが〝ノンヒュームがもたらした砂糖が、料理の隠し味に用いられるようになった結果〟だと聞かされて驚いたカールシン卿は、事の次第を早速母国へ報告したのだが……これが結構な(ぶつ)()(かも)したらしい。



「庶民が料理の隠し味に砂糖……というのは、さすがに国務卿たちにも予想外だったみたいよ?」



 王家の料理長辺りはさすがに知っていたようだが、それとて秘伝に近いものであったそうだ。それが、イラストリアでは一膳飯屋で、下手をすると各家庭での〝ちょっとした工夫〟として使われているなど、想定外にも程があるというものなのであった。


 ともあれ、砂糖がイラストリアの食文化に深く侵蝕……ではなく、浸透しているというのなら、これは到底無視できる話ではない。明日は我が身という事だってあるではないか。


 ()くして、イラストリアにおける砂糖普及の現状を明らかにする事は、モルファンにとっても重要かつ喫緊(きっきん)の課題となったのであった。


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