第二百八十五章 五月祭(初日) 4.シアカスター(その1)
ツィオルコフ卿やカールシン卿からは何かと辛口の批評を受けるシアカスター残留組であるが、彼らとて漫然と無駄飯を食っているだけではない。シアカスターにあるノンヒュームの菓子店「コンフィズリー アンバー」の品揃えや売れ筋など、重要な知見を着々と蓄えつつあった……七~八割程は自身の欲望に根ざしているとしても。
そしてこの度の五月祭である。聞くところに拠ると、シアカスターには確かにノンヒュームの出店はやって来ないのだが、その埋め合わせとでも言うべきか、「コンフィズリー アンバー」が屋外での特別販売を行なうという。何でも地元の商店会に泣き付かれての事らしいが……モルファン公邸の使用人一同としては、内心で〝Good job!〟と喝采を送りたいくらいである。いや本当に。
ともあれ、そんな耳寄りな話を聞かされては、積極果断を旨とするモルファンの国民たる者、温和しく公邸内に引き籠もっているなどできようか。ここは是非ともその「特別販売」とやらを見聞して商品を確保しなくては、公邸使用人の名折れである。
……という名分と信念と欲望の下、公邸からの買い出し部隊が「コンフィズリー アンバー」に赴いていた。その内訳は侍女が二人と、案内役のカルコである。
この、些か違和感のある組み合わせについて説明しておくと……まず侍女二人が公邸から派遣されたのには、幾つかの切実な理由があった。
甘党が女性に多いがゆえに、男性を買い出しに派遣しては、後々拗れる虞があるという理由の他に、抑男性使用人の手が空いていないのだ。その理由は公邸の準備にあった。
公邸そのものはイラストリア王国の方で確保してくれたが、内装や調度品は別である。王女が使用するものはモルファンから持ち込むとしても、それ以外の内装や使用人の家具などは、現地で購入した方が面倒が無い。その分だけ荷物が減るではないか。
――という判断の下、シアカスター残留組は内装及び調度品の手配に動いたのだが……ここで誤算の素となったのが日時である。
大人数に膨れ上がった使用人勢の家具一式を、とてもシアカスターだけでは賄い切れないだろうという事までは、モルファンの側にも見当が付いていた。ゆえに事前にイラストリア側と交渉を重ね、不要になった騎士団の備品を譲ってもらえる事にはなっていたのだが……派遣の人数と日程が遅くまで決まらなかった事もあり、何よりイラストリアに余計な手間をかけさせる訳にはいかないとの判断から、家具の搬送はモルファン側で手配する事になっていた。
ところが――一行がシアカスターに到着したのは、もう五月祭も目前という日時。搬送用の荷馬車どころか、馬の手配も宿の手配も覚束無い状況にあった。
イラストリアに頭を下げて、馬と馬車の方は何とか用立ててもらえたのだが、人手と宿の方は如何ともし難い。最悪は野宿も覚悟の上で、男性使用人の多くが搬送のために出払う次第となったのである。
シアカスターに居残った男性使用人にしても、手が空いている訳ではない。細々した荷物の運搬やら掃除やら、力仕事の場面は幾らでもあった。
要するに、手の空いた男性使用人がいないため、必然的に菓子の買い出しは女性使用人に任される事になったのである。まぁ、侍女とは言っても仕えるべき王女はここにいないので、実質は公邸のメンテナンス要員だ。手が空いていると言えば空いている訳だし。
荷物の方はマジックバッグを使えば何とかなる。また、むくつけき男どもよりも侍女の方が、店の対応も少しは丁寧になるのではないかという打算もあったりする。
そしてカルコの方であるが……何しろモルファン先着組の中で一番の事情通、別けても「コンフィズリー アンバー」の馴染み客となっているのは彼一人である。ここはスムーズな交渉のためにも、彼に御出座し戴くしか無い。
抑の話、使節団長のツィオルコフ卿は王都詰めで動けず、カールシン卿は王女に付いてバンクスへ移動中となれば、先着組で動けるのはカルコしかいないのだ。
――といった次第で、先述の三人組が菓子店への買い出しに駆り出された訳だが……
「本当に暑いのね……」
「カルコさんに言われて、帽子と水筒を用意してきて良かったです」
「でしょう? 自分も昨年はイラストリアの暑さに閉口しましたから」
ここはモルファンの南隣にあるイラストリア。五月ともなれば、日によってはモルファンの真夏にも匹敵する陽気になる事もある。暑さに慣れぬモルファン人の身としては、陽射し避けの帽子と水筒は必需品であった。




