第二百八十五章 五月祭(初日) 3.王都イラストリア(その3)
ノンヒューム連絡協議会から「欠き氷機」の実物と設計図を見せられた王国側――特に商務部――が、悪夢の再来だけは何としてでも阻止せんと、それらを譲り受けたのである。幸いにして、悪夢の再来を防ぎたいのはノンヒューム側も同じであったと見えて、取引は恙無く終了した。
で――「欠き氷機」の実物と設計図を譲り受けた王国側は、これを商業ギルドと酒造ギルド――冷蔵箱の取り扱い元――に供覧。販売計画への協力を打診した。王都に置ける商業活動の沈滞と冷菓騒ぎへの影響力に頭を痛めていた商業ギルドと、冷蔵箱の優先権を保持したい酒造ギルドは、一も二も無くこの提案に飛び付いた。その結果……
・王国は「欠き氷機」の製造権と使用権を両ギルドに提供する。これに関して両ギルドは、「欠き氷機」の勝手な複製や販売を禁止し、この契約に違背する者が出ないよう眼を光らせる。
・ギルドは「欠き氷機」を特定の業者に貸与し、「欠き氷」の販売に当たらせる。なお、昨年の実績に鑑みて、搗ち割り氷の発案者と雪菓子の発案者は許諾の対象とする。
・「欠き氷」の販売開始は七~八月とし、それまでは情報を秘匿する。
・これに関連して、「雪菓子」の製造と販売は見合わせる。
・一方で「搗ち割り氷」の製造と販売については、これを特に規制しない。
・国内での果物の流通状況に鑑み、ノンヒュームから伝えられた「フローズン・フルーツ」の製造と販売は、当面の間これを見合わせる。
・ノンヒュームは「欠き氷」および「フローズン・フルーツ」の製造・販売には、当面はタッチしない予定である。
……などの事柄が合意に至っていた。
一方で、そんな裏事情までは知らぬモルファン側も、五月祭における「コールドドリンク」や「搗ち割り氷」の実情には、大いに思うところがあったらしい。
「イラストリアが国を挙げて、氷室などというものを整備したのも道理という事か」
「風土と需要の関係について、我々ももっと学ぶべきなのかもしれません――王女殿下にお任せするのではなく。……ここへ来て初めてそれが解りました。不勉強を恥じるばかりです」
「うむ……王都にあるという氷室について、見学なりレクチャーなりを頼めないか、明日にでも申し込んでみよう」
「良き御思案かと。……思えば相互理解という点においては、イラストリアの国民の方が我々の上を行っているようです」
「ふむ……?」
もの問いたげなツィオルコフ卿の視線を受けて、部下の男が取り出したのは、何かが印刷されたと覚しき小さめのカードのようなものであった。
「これは……版画、か?」
「はい。会場の片隅で売られておりました。我が国の風景と、十五年前の戴冠式典の様子かと。更にこちらは……」
「……ひょっとして……我々か?」
「そのようで」
クロウがボルトン工房の依頼を受けてモルファン王女一行のスケッチを描いたのは、既に読者諸賢の知るところであろうが、王都でも同じような事を考えた者がいたらしい。それどころか十五年前の版木まで探し出してきて、モルファン繋がりで売り出したようだ。王女留学によるモルファン人気を当て込んだものであろうが……その商魂の逞しさには感心するしか無い。
……まぁ、バンクスでもボルトン工房が、クロウの原画を元に同じようなものを大車輪で作製して売りに出しているのであったが。
「……シャルドでも『封印遺跡』の版画が売られていたが……」
「こういうものが一般民衆の間にも、しかも迅速に行き渡っているというのは……我々としても大いに学ぶべきかもしれません」




