第二百八十四章 義賊参上! 3.小さな目撃者(その2)
地球での執筆作業が立て込んで疲れが溜まっていた時、クロウがドリンク剤をこちらに持ち込んだ事があった。幸か不幸か、その時はそれを飲む機会が無く、そのままマンションに持ち帰って……それっきり忘れてしまったのである。
アクシデントの神――または悪魔――の采配はその後も続き、ドリンク剤を仕舞い込んだままの荷物がマンションとダンジョンの間を往復する事数回、やっとの事で気が付いたクロウがそれを鑑定してみると……霊験灼かな神薬だか仙薬だかが爆誕していたのである。
例によって例の如く一同頭を抱えたものの、効験灼かな強壮薬が手軽(?)に手に入るというなら文句は無い。せっせとドリンク剤を運び込んで、その備蓄に邁進したのであった。
さてその「強壮薬」であるが、ダンジョンロードとしての権能によって効果の鑑定はできたものの、その効果――より正確に言えば一般人に対する効果――は未知数のままであった。何しろ物が物である。迂闊に治験などできるものではない。とりあえず、荒事上等の任務に就いている「シェイカー」に配備はしたものの、実際の効果を確かめた者はいない……というのがここまでの状況であった。
(「何か幼気な子供を騙して、人体実験の片棒を担がせるような気が……」)
(「いや、ご主人様の権能で、効果があるのは確かめてあるんだろ?」)
(「鑑定の結果ではな。実際の投薬試験はまだらしい」)
(「しかし、少なくとも有害でないと判っているんだ。問題は無いだろう」)
(「問題があるとすれば、どこまでの効果があるのかが判らんという点だな。……効果が低いのか、それとも……」)
(「あぁ。高過ぎるのか――がな」)
クロウのこれまでのやらかしっぷりに鑑みれば、それこそポ○イのホーレンソウのようなドーピング効果を発揮する可能性すら否めない。いや、それだけならともかくも、嫋やかで優しかった母親が、一転して筋肉ムキムキのアマゾネスに変身したりする事は……
(「いや、気持ちは解るが、そこまでの効果は無かった筈だ……ご主人様の鑑定では」)
(「様子を見て少しずつ飲ませれば大丈夫じゃね?」)
……というように、危険性についても告知した上で、適正と思われる用量と方法で投与する事をきつく勧めた上で、その「ポーション」を男の子に渡す。
交渉が妥結した事で、男の子は家に戻り、「マウスキッド」は姿を消した。
・・・・・・・・
その翌朝――
「な、な、な、何だこりゃあー!?」
祭礼のために粗末な柱を立てておいたのが、一夜明ければその根本に酒が山と積まれていたのだから、そりゃ誰だって喚きたくもなる。叫声に飛び起きた者たちが何事ならんと集まって、又候驚きの声を上げる。
依然として事情は能く解らねど、メッセージカードに残された内容から察するに、これは村――と言うか小集落――への施しものらしい。だったら飲んでもいいのではないか? 折良く明日は五月祭。その振舞酒だと思えばいい。
黙って飲むのは如何なものかとの意見も――一応――出されたものの、彼らが知る限りの如何なる法令にも違反していないし、馬鹿正直にトマの本村に届け出れば、強突張りの村長が取り上げて独り占めするに決まっている。それは贈り主の意にも反するだろう。
――という事で、これらは明日の五月祭で飲むと決まった。それまでは厳重に箝口令を敷く事にする。
ただ……このありがたい贈り物を届けてくれたのは何者なのか? カードには「マウスキッド」という名が記されているのだが……
その同じ頃――
「な、な、な、何だこりゃあー!?」
集落の端っこにある一軒の小屋でも、同じような叫声が別の理由で上がっていた。……昨夜「マウスキッド」と接触を持った、男児の住まう小屋からである。
このところ体調が思わしくないとぼやいていた母親に、件の男の子が――「マウスキッド」のお兄さんたちからのアドバイスを守って――水で薄めた「ポーション」を与えたのが発端であった。
その母親が、〝何だか疲れが取れたような気がする〟と宣ったのに気を好くしたのか、次に男児は「ポーション」を薄めないまま渡すという大胆な真似をしでかした。何の疑いも抱かずにそれを口にした母親は、あれ程溜まりに溜まっていた疲れが一口飲んだだけで雲散霧消したのに驚いて、連れ合いを呼んで飲ませるに及んだ。先程の叫声は、その覿面たる効果に驚いた父親が発したものであった。
結局のところこの「ポーション」一瓶で、子供を含む一家五人の体調がまるっと改善したのである。
……どうやらこの「ドリンク剤」改め「謎のポーション」、通常のポーションの三倍から五倍の効能を有していたようだ。一本丸ごと飲んでいたら、どういう結果になったやら。
・・・・・・・・
結局のところ、謎の酒と謎のポーションが同じ夜にもたらされたのは明らかであり、そのポーションを託された男児が何かを目撃したのに疑いの余地は無い。
しかし――何を訊かれても涙を堪えて黙秘を貫く態度を見ていれば、口を割る気が露程も無いのは明らかである。
少年の心情を慮った村人たちは、この件については追及しないよう決めたのであった。
次話から暫くは五月祭の話になります。




