第二百八十四章 義賊参上! 2.小さな目撃者(その1)
さて前置きが長くなったが……改めて五月祭初日の前々夜、小作人集落の近くに現れた自称「義賊」の一団である。
粗末なあばら屋が建ち並ぶ集落の中央部、広場と覚しき場所には、粗末ながらもメイポールのようなものが設えられていた。恐らくはこの場を祭事の中心として、五月祭の儀式が執り行なわれるのであろう。
丁度好い場所があったと北叟笑んだのは「義賊」たち。得たりとばかりにメイポール(仮称)の根本に、ヤルタ教から分捕った酒を積み上げていく。仕上げに残す木札――カードの代わり――には、「マウスキッド」という名が墨痕も鮮やかに記されている。
後はおさらばを決め込むだけ……という、正にそのタイミングで、小さな息遣いが耳に届く。
「「「「「――っ!」」」」」
即座に戦闘隊形をとった「シェイカー」改め「マウスキッド」の面々。その熟練の視線が突き刺さった先にいたのは、
「「「「「……子供?」」」」」
どうやら厠へ行った帰りらしい男の子であった。……別の言い方をするなら「目撃者」である。
はてさて、この子の処遇をどうしたものか――と、一同頭を捻っていたその時、
「見たな? ヰー……」
今やすっかり板に付いた奇声を上げようとした一人が、後から叩かれ蹴り飛ばされる。
「な、何をする!?」
「「そりゃこっちの台詞だ!」」
ヰーと口走りそうになった男を(力尽くで)制止した二人が、胸倉を掴みそうな勢いで軽率な仲間を糾弾する。
(「子ども相手に粋がってどうすんだ!?」)
(「それ以前に奇声を発するな! 俺たちはここでは「シェイカー」じゃないんだぞ! TPOを弁えろって、ご主人様にも言われただろうが!!」)
大っぴらに言えないために小声であったが、説得力のある叱責を受けて、件の粗忽者も気付いたようだ。〝あぁ……〟と呟いて後に下がる。
代わって前に出たのは、先ほど迂闊な奇声を咎めた男であった。子供の前に進み出ると、不当な威圧感を与えないとの配慮からなのか、子供の前に蹲み込んだ。
「えーと……お兄さんたちは怪しい者じゃないからね?」
(「いや……どっからどうみても怪しい風体だろうがよ」)
(「この出で立ちを〝怪しくない〟と言い切る胆力は凄いな」)
(「もしくは、面の皮の厚さか心臓の強さか……」)
背後で勝手な事をほざく同僚たちを、一瞬振り向いてからの目力で黙らせると、改めて男の子に向き直る。とにかく、自分たちが安全な範囲に撤退するまでの時間を稼ぐ必要があるのだ。声を上げて村人を呼ばれるのは大変困る。
(「知らんぷりしてもらうのが一番なんだろうが……」)
(「こんな子供に、大人相手の腹芸をか? 無理だろう」)
(「どうせ朝になったらバレるんだ。ここはこのまま戻ってもらって、朝まで黙っててもらえばいいだろう」)
(「うむ。知らぬ存ぜぬで通せればそれで良し。訊かれたら素直に答えてもらっても、朝までの時間を稼げるのなら問題無い」)
――と、勝手に衆議一決して、改めて男の子に向き直る。
「黙っていてくれたらお小遣いをあげるよ」
「お小遣い……?」
(「おぃ、こんな村で金銭を貰っても、使い処が無いんじゃないのか?」)
「(それもそうか)……お金でなくても、何か欲しいものはあるかい?」
(「傍から見てると、小児誘拐の現行犯だな」)
(「うむ、不審尋問待った無しだ」)
(「煩い! 余計な事をくっ喋べるな!」)
「……おくすり」
「「「「「――え?」」」」」
予想外の答が返って来て、思わず一同が声を上げた。
「お薬?」
「誰か病気なのかな? それとも怪我?」
「……おっ母。ぐあいがわるくてねてる」
詳しく話を訊いてみると、病気とかではなく疲労による体調不良らしい。だったら、栄養と休養を取ればいい。こんな寒村では難しいかもしれないが、それなら滋養強壮薬用酒の出番だろう。それなら……
(「幸か不幸か、それなら心当たりがあるな」)
(「………………ご主人様から頂戴した、アレか?」)




