第二百八十四章 義賊参上! 1.X-Day【地図あり】
五月祭初日の前々夜、テオドラム南西部にあるベーレンの町の東のトマという名の小村から、更に北東に外れたところにある小さな集落。闇の中を跳梁する一群の怪しい人影があった。言わずと知れた「シェイカー」である。
尤も今回の作戦においては、「シェイカー」ではない別の名を名告るつもりのようだが。
彼らがこの場所に狙いを付けた次第については既に記したが、この夜を選ぶに至ったのには、また別の議論の筋道があった。
抑話の大前提として、今回の作戦はヤルタ教に対する嫌がらせが主たる目的である。ゆえに――
〝思うにヤルタ教のやつらは、酒の振る舞いを五月祭に合わせて行なうつもりだろう〟
〝あー……時期的に見ても、その可能性が高いですね〟
〝だったら、こっちはそれより一足先に配ってやって、あいつらを二番煎じに引き摺り落としてやろうじゃないか〟
――というのが今作戦が策定されるに至った切っ掛けであった。
……ついでに言うと間違いである。
ヤルタ教は〝五月祭に合わせた酒の振る舞い〟などは露程も予定していない。彼らが酒を買い集めていたのは、〝五月祭に合わせて〟――奇しくもこの部分だけは当たっていた――開店予定のヤシュリクの小売り酒屋、そこでの商品を揃えるためであった。信者への振る舞いなどは微塵も考えていない。
まぁ、この手の勘違いは――能くある事なので――一旦脇に措くとして、あれやこれやの議論の末に作戦決行の場所は決まったのであるが、作戦決行の細かい日時についてはまた議論があった。
〝さて、ヤルタ教のやつらを出し抜くという方針は決まった訳だが……ヤルタ教のやつら、振る舞い酒をいつ配るつもりなんだと思う?〟
それが判らないでは、こちらの決行日時も決めようが無い。先んずる事だけは決まっているのだが、それでも予め絞り込んでおくのは大事である。
〝五月祭の……前なのか……後なのか……〟
〝後?〟
〝……あぁ、打ち上げとして配る可能性もある訳か〟
〝だったらマスター、僕たちは五月祭の前に、配っちゃえばいいんじゃないですか?〟
〝まぁ、そうと言えばそうなんだがな〟
あまり早く配り過ぎると、五月祭との関連性が不明瞭に暈けかねないし、
〝ヤルタ教が……何か……対策を練ってくる……可能性も……あるでしょう……〟
〝あー……成る程〟
〝日程的に手の打ちようが無い――って状況に持ち込む訳かぁ〟
〝日時の特定は不可欠であると〟
〝……地味に面倒な話でやすね〟
五月祭の直前に配ればいいのではないかとの意見も出たが、
〝いや、俺はその村の祭りなんか知らんが、前日は色々と準備があるんじゃないか?〟
準備のために夜更かしする可能性だってあるし、
〝夜祭りの可能性だって無視はできんし、夜明けと共に儀式が執り行なわれる可能性も考えるべきだろう〟
〝あー……早起きの可能性があるんですよね、解ります〟
〝と言うか、小作人なんて大体早起きですよ?〟
〝一番鶏が鳴き出す頃には起きてるとか……〟
〝こっちでもニワトリって飼ってるのかな?〟
〝どうだろ……卵狙いで飼ってる可能性もあるんじゃない?〟
〝お肉だって美味しいし〟
〝宗教的な禁忌とかは?〟
〝主様のところでは食べられなかったんですよね?〟
〝昔はな。それだって建前だけで、実際は結構食べてたんじゃないかと思うが〟
〝だったら……〟
〝話が……脇道に……逸れてますよ〟
例の如く脱線し始めた議論が、ハイファの指摘によって元に戻され、
〝だったら前々日の夜くらいにしとくか?〟
――という紆余曲折を以て、決行の日時が決まったのである。




