第二百八十三章 五月祭菓子評定 3.イラストリア王国商務部
疲れた様子で部屋に戻ってきた男を、待ち構えていた様子の面々が取り囲む。
「どうだった? 酒造ギルドと商業ギルドは提案を呑んだか?」
戻って来た男は疲れた、しかしやり遂げたような表情で一同を見回すと、無言で大きく頷いた。その途端に、部屋のそこかしこで安堵の溜息が漏れる。
「良かった……」
「まぁ、考えてみればギルドが否やを言う筈は無いんだが」
「それでも……なぁ?」
「あぁ。昨年の大騒ぎを考えてみれば」
「酒造ギルドはともかく、商業ギルドがどう出るかは読めなかったからな」
「商業ギルドもノンヒュームを敵に廻すつもりは無いんだろうさ」
「いや……この提案を拒んだからと言って、ノンヒュームが敵に廻ると決まった訳ではないんだが……」
「それでも、余計な騒ぎを起こすのは拙いと考えたんだろう」
「まぁ実際、商業ギルドに不利益な話ではないんだしな」
先程から男たちが話しているのは何の事かと言うと……ノンヒューム連絡協議会から提案のあった「欠き氷機」の事である。
思い出すのも忌々しい昨年の夏、王都イラストリアの一人の商人が発案して売り捌いた搗ち割り氷。それに想を得たらしき別の商人が、氷魔法で雪を生み出し、それにシロップをかけて売るという新商品を開発した。
それらに纏わる騒ぎのアレコレについては繰り返さないが、ここで問題になったのは二点。一つはこの「雪菓子」が好評を以て迎えられた事。もう一つは、氷魔法で雪を生み出すのはかなりの魔力を消費するので、量産が難しいという事であった。……まぁ、人海戦術でゴリ押しする手もあるのだが。
両者のベクトルが或る意味で反対方向を向いているため、王国商務部にも展開が読めない。「雪菓子」(仮称)は広まるのか広まらないのか。
以後の展開や如何にと注視していたところへ、又候ノンヒュームが爆弾を投げ込んできたのだ――「欠き氷機」という名の爆弾を。
「適切な形の氷さえあれば、魔法も魔力も無しに氷をフレーク状にできるというのだからな……」
「いや、考えてみれば、有ってもおかしくは無い仕組みなんだが……」
「〝氷を削る〟という発想が無かったからなぁ……」
「コロンブスの卵」と言うのか、完全に想定外の道具であった。
「まぁ、そのためには一定の形状の氷が必要になる訳だが」
「そのための枠まで用意してあるとはな……」
「いや、必然的にして本体と不可分の道具だというのは解るんだが……」
ノンヒュームの食文化力というのは、一体どこまで突き抜けているのか。そう考えて遠い目をする商務部職員たち。
ともあれ、ノンヒュームはこの「欠き氷機」を披露し、五月祭で「欠き氷」を販売する事の如何と、協力の可否を打診してきたのである。
「自分たちだけだと手に余りそうだから――という話だったが」
「卓見……と言うまでもなく、誰にでも解る話だろうな」
「これまでがこれまでだだからなぁ……」
「まぁ何だ。実行する前に話を持ち込んでくれて助かったな」
去年の冷(菓)戦に倍する騒ぎを同時多発的に、それも王国の関知しないところで起こされるよりは、最初から一枚噛んでおいた方が数段マシだ。況して、王国は「氷室」という関連施設を運営しているのである。これで蚊帳の外に置かれるなどしては、イラストリア王国の面目は丸潰れである。
ついでに言うなら、冷蔵箱に関わっている酒造ギルドにも声をかけておいた方が良いだろう。
……というように話が順次大きくなり、調整に時間がかかりそうになったところで、五月祭での御目見得はスケジュールが厳しいのではないかとの声が上がってくる。
更に言うなら、「欠き氷」が一番売れるであろう時期は真夏であり、五月はまだ少し早いのではないか? なのに五月にお披露目などしたら、肝心の真夏に氷室の氷が底を付きました……などという間抜けな事態にもなりかねない。
ちなみに、昨年クロウが提案した凍らせた果実は、材料である果実の手配が――量的に――難儀であるとの理由から、惜しまれつつもやはり採用を見送られる事になった。
それでなくとも、去年と同じくフルーツソースがけの搗ち割り氷が登場するのは不可避であるとの予想が立っているのだ。ここに「フローズン・フルーツ」まで投入した日には、どんな騒ぎになるか知れたものではない――いや、火を見るより明らかである。
せめて果実の生産と供給計画の見直しが終わってからにしてほしい……というのが、商務部の切なる願いなのであった。
「……こうなると、バンクスから上がって来ていた氷室計画が重要になるな」
「うむ。『欠き氷機』は王国が保有し、商業ギルドと酒造ギルドに管理させる案が本命だろうが……だとしても、氷室のある町を増やすのは重要だ」
「バンクスはシャルドの件にも関わってくるしな。……あそこは自治都市だが、早めに話を通しておいた方が良さげだな」




