第二百八十三章 五月祭菓子評定 2.ノンヒューム(その2)
「貴賤上下の区別無く、皆が等しくラップケーキに群がってくれた――と」
「新年祭の出店は、どこでも酷い事になっていたからな……」
「あぁ。予め総力戦体制を組んで迎え撃ってアレなんだ。用意を整えておかなかったら……」
「考えるだに怖ろしいな……」
何しろ名だたる貴族富商のほとんどが、行列に並ばせるためだけに、冒険者ギルドに依頼を出したというのだから凄まじい。使用人だけでは足りなかったとみえる。
「まぁ、一人当たりの購入数を制限させてもらったからな」
「それが事前に漏れたためのあの処置なんだろうが……」
「また……当の冒険者もギルドも、依頼の内容にまるで不審を覚えなかった――というのがまた……」
で――問題になるのが五月祭である。
寒かった新年祭と違い、五月祭はそろそろ汗ばむ事も多い季節。温かさが売りのラップケーキでは苦戦するかもしれない。いや、多少売れ行きが落ちたところで、ノンヒュームとしては構わないのだが、
「……世間の期待がなぁ……凄いんだよなぁ……」
「あぁ、期待の視線ってやつに圧力があるなんて、俺は初めて知ったよ……」
新年祭のラップケーキは、あれはあれで良かったが、五月祭には何を出してくれるのか。そんな期待と重圧が犇々と感じられるのである。さすがにこれを無下にするのは、ノンヒュームの評判という点でも、更には精神衛生上も問題がある。
つまり……五月祭における新作甘味を、何か用意する必要がある。
「最初はなぁ……五月祭にゃ欠き氷ってやつを出そうかって話になってたんだがなぁ……」
昨年の夏、シアカスターでのカットフルーツ販売を皮切りに始まった一連の冷菓騒動は、搗ち割り氷の開発・販売という結果をもたらした。その報告を受けたクロウが、それならとばかりに提供したのが欠き氷機の実物であった。それを密かにドワーフたちに研究させ、然るべき数を揃えるところまでは進んだのだが、
「……改めて去年の騒ぎについて確認してみたら、我々だけで対応できるかどうかが怪しくなってきたからなぁ」
「あぁ。氷と砂糖だけならともかくも、果物のソースまでとなると負担が大き過ぎる」
「それに、欠き氷って話になると、容器の数も揃えんといかんし」
「単価だけならゼンザイより安くなりそうだし、そうなると売れ行きも大きくなって」
「つまりは、揃えるべき容器の数も飛躍的に増える――と」
それだけでも腰が引けそうだったところへ、更なる問題が指摘された。
「王都の氷室と、酒造ギルドの冷蔵箱か……」
「イラストリアも酒造ギルドも、こっちが単独で動くのは待ってくれって言ってきたからなぁ……」
氷室と冷蔵箱、それぞれの形で氷を扱っている王都と酒造ギルドに、念のために話を通してみたところ、自分たちも一枚噛ませて欲しいと嘆願されたのだ。負担を分かち合ってくれるなら喜んで――と、連絡協議会は一も二も無く同意したのである。
結果、その調整に少し時間が欲しいのと、どうせなら暑い盛りに売り出したいという打算もあって、五月祭での欠き氷お披露目は先送りとなった。ノンヒュームとしては、試作した欠き氷機を販売する事で手を打った訳だ。
ちなみに、同じく昨年にクロウが提案した凍らせた果実は、材料である果実の手配が――量的に――難儀であるとの理由から採用を見送られていたのだが、このアイデアも両者に売り渡してある。
ともあれ結論としては、五月祭で販売する初夏向けの菓子をどうするか――という問題が残った事になる。
五月の陽気で傷んだり融けたりしないもの、原料の調達や製作がそれほど面倒でないもの、売価があまり高くならないもの……などという諸条件を検討した後に残ったのが、
「冷やしゼンザイかぁ……」
「安直なようだが、案外的を射た選択かもしれんな」
「うむ。〝冷たいものが欲しいが、コールドドリンクではちと物足りぬ〟――という連中には受けると思うぞ」
「それも甘党に限る訳だが……」
「何、そうでない者は素直にビールに走るであろうから、何の問題も無かろうて」




