第二百八十三章 五月祭菓子評定 1.ノンヒューム(その1)
五月祭の開催が近付く中、イラストリア王国の――いや、イラストリアだけでなく周辺各国の民衆の関心と興味は、ただ一つノンヒュームたちの出店に注がれていた。
毎年のように新機軸の菓子や酒を提供してきたノンヒューム。今年の五月祭では如何なる新製品が御目見得するのか。
……という各位各国から期待を集めている肝心のノンヒューム連絡協議会は、実はその件で大いに頭を悩ませる事になっていたのである。
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抑話がおかしくなったのは、イラストリア王国が内々に、〝モルファンの使節を持て成すための新機軸の酒〟の有無を訊ねたのが切っ掛けであった。
これに対抗心を燃やしたらしいノンヒュームの甘味チームが、クロウが試作していたローク・チョコレートの件を耳にして、その製造に一枚噛ませてはもらえないかと打診してきたのであった。尤も、この時点ではノンヒュームたちも、大々的な生産を企図していた訳ではなく、新たな甘味が存在するなら知っておきたい――という程度の軽い思惑であったようだが。
その心意気に大いに感銘したクロウからチョコとココアの製造法を伝授され、その難行苦行っぷりにノンヒュームたちは己が軽率さを呪ったのであったが、それはそれ。とにもかくにも出来上がった試作品は、ノンヒュームたちの試食と品評を経た後にイラストリアへ提供され、大いに好評を博す事となった。
それ自体は重畳の沙汰であったのだが、製造に酷く――文字どおりの意――時間と労力がかかる事から、量産は難しいと判断される。細々と作ったものをイラストリア王国へ卸す事で折り合いを付けたのであったが……
〝原料である豆の手配が難しいとなると、ココアにしろチョコレートにしろ、広く流通させる事はできませんから〟
〝選に漏れた者たちが、自分たちにも何かを寄越せと声を上げるのは間違い無く〟
〝不満を抑えるためには、何か他の新製品を持ち出すしか無さそうなんで〟
〝う~む……〟
〝国内の貴族だけでなくモルファンへの提供も視野に入れると、単に新奇なだけでなく、それなりに高級な菓子の開発が不可避となります〟
〝う~む……〟
〝ただ、あんまりお貴族様向けの菓子ばかりに感けるのも拙いんで〟
〝我々ノンヒュームの支持母体は、飽くまで一般の民衆ですから〟
〝つまり、一般向けの菓子も幾つか準備しておく必要がある訳でして〟
〝う~む……〟
――という予測の下に、貴族相手にはココアやチョコレートの代替としてアーモンドを加工したドラジェを、一般大衆には今川焼き――註.大判焼き・回転焼き・二重焼きなどとも――改めラップケーキを提供するという方針が立てられたのであったが……これが早々に綻びの兆しを見せ始めたのである。
最初の一石を投じたのは、例によってクロウであった。
思い返せば昨年の暮れ、〝チョコにはウィスキーが合う〟などという呟きをうっかりと漏らしてしまったのが間違いの元であった。その場で顔色を変えたホルンたち三人と己が失言を悟ったクロウが、この件については秘匿を決め込む事で合意。災いの種は闇の中に封印された筈であったが……それをどこからか耳にしたドワーフたちが、連絡会議事務局を相手どって強談判に及ぶという騒ぎとなった。事務局の方でも困惑したが、問題が白日の下に晒された以上は自分たちだけの手には余ると判断、クロウに通報する事となった。報せを受けたクロウは我が身の迂闊さと不運を呪ったものの、事ここに至ってなお韜晦を決め込むのは悪手だと判断。情報の開示に同意した。
ちなみに情報漏れの経路は未だに不明。ドワーフ恐るべしである。
さて――〝チョコレートはウィスキーとも合う〟などという重大な指摘を投げかけられたドワーフ――および一部のエルフ――たちは、その命題の正しさを確認するのが喫緊の課題であると判断。広く試食を募る事になった。
……もうお解りであろうが……そのせいで試食に廻されるチョコレートと蒸留酒の消費量が急増。供給計画に狂いを生じる羽目になったのである。
当初の計画自体、チョコレートを入手できるかどうかが貴族間の格差の原因になるとの予想の下に立てられたのに、その大前提であるチョコレートの供給自体に遅れが生じた訳だ。格差が生じる以前の段階である。
その結果……




