第二百八十二章 歓迎パーティの夜 14.深夜の男祭~果実酒談議~(その1)
「まぁ、このボラにも驚かされたが、やはり白眉は……」
「あぁ、あの『果実酒』だろうな」
モルファンの先行偵察員であるカルコがひょんな事から探り出した〝ノンヒュームが試作中の新機軸の酒〟、それが歓迎パーティの場でお披露目されたのである。
「未だ試行錯誤の最中であるから、飽くまで試作品だという事だったが……」
「確かに、あれは〝新機軸の〟酒に相違無いな」
飲酒経験では敢えて人後に落ちぬつもりのモルファン貴族、その彼らにしてすら未だ嘗て飲んだ事の無い酒であったのだ。何しろ、その〝新機軸の酒〟というのは……
「甘いくせに酒精が強い酒か……」
「従来の常識を覆してくれたな……」
新機軸の酒を短期間で用意するという、一見無理難題にも思える要請にクロウが出した回答は、製糖の際に副産物として得られる糖蜜から造られるホワイトリカー、それを用いた「果実酒」であった。果実と氷砂糖をホワイトリカーに漬け込んで作られるアレである。
なお、糖蜜からの蒸溜酒と言えばラムもあるのだが、こっちは熟成という過程を必要とするため、時間的な制約から除外されている。どうせドランの杜氏たち――既に湖底熟成の試験に着手している――は孰れ気付くだろうから、先走って教えてやる必要は無い。
では、その「果実酒」が、なぜにここまでモルファン側の度肝を抜いたのか。
「アルコール醗酵」というのは要するに、酵母菌が原料中の糖分を分解する事でエネルギーを得、代謝産物としてアルコールを生成するプロセスを指す。言い換えると、糖分とアルコールはトレードオフの関係にある。
ワインを例として考えてみると、アルコール醗酵が進めば原料に含まれる糖分は順次アルコールに変えられ、結果として甘くないが度数の強いワインができる。逆に醗酵が進まなければ、原料中の糖分がアルコールに変えられずに残るため、甘いが度数の低いワインができる。――これがモルファン国民の〝常識〟であった。
ところが――今回の歓迎会でお披露目された「果実酒」は、甘くて度数が強いという背反条件を両立させていた訳だから、彼らが驚いたのも宜なるかなである。
いや、蒸溜酒に砂糖でもぶち込んでやれば、一応前記の条件を満たす〝何か〟は作れるのだが、風味がしっちゃかめっちゃかになって、とても飲めたものではない。
「……それを、果実の風味を加える事で乗り越えた訳か……」
「だが、単純に果汁と砂糖を混ぜた訳ではなさそうだぞ。甘味と風味が……何と言うか、きちんと酒精に馴染んでいた」
「確かに。恐らくは薬酒と同じように、一定期間漬け込んだのだと思うが……」
「果物の風味を損なうような雑味は全く感じられなかった。……一体、何の酒に漬け込んだのか……」
クロウが用意した「ホワイトリカー」は、糖蜜の醗酵産物を蒸溜した後に加水して、アルコール度数を三十五度程度に調整したものである。薄めてはあるがほぼ純粋なアルコール溶液で、雑味どころか風味も何も無いため、果実の風味を損なう事は無い。
しかしその一方で、ホワイトリカー単品を見た場合、これを「酒」と言えるかどうかは微妙である。そしてそのゆえに、モルファンはこのホワイトリカーというものを知らなかったのであった。
「ノンヒュームが〝試作中〟というのも納得だな。需要を読むのが難しい」
「あぁ。美味い事は美味いんだが……甘党でない者には少し取っ付きにくいかもしれん。まぁ、甘味は加減できるだろうが……」
「適当な加減を見出すのが、な。手間がかかるだろう」
実はクロウは、最初に甘味を控えたものを作っておき、飲む際に好みで甘味を加える方法についても伝授していた。砂糖をそのまま加えるのではなく、〝氷砂糖をホワイトリカーに溶かした〟甘味料を別途用意して、それを加える事によって甘味を調節するのである。
この方法で甘味についてのアンケートを取り、既に適当な甘さというものを探り出していたのだが……モルファン側にそんな事が判る訳も無い。
「それに、漬け込む果実を何にするかというのもある。今回はプルアとオンジュのようだったが……」
「あぁ。果物の種類だけ果実酒の種類もあるという訳だからな」
日本人であるクロウにしてみれば、梅があれば梅酒一択なのだが、生憎と梅に相当する果実はまだ見つかっていない。プルアとオンジュ以外の果実も順次試してはいるのだが、何れも甲乙付けがたいという感じで、抜きん出たものは見つかっていないのが現状である。
原料の入手し易さなどで幾つか候補を選ぶしか無い――というのが、ドランの杜氏たちと連絡協議会の判断であった。
昨日付で拙作「ぼくたちのマヨヒガ」を(久し振りに)更新しました。宜しければこちらもご笑覧下さい。




