第二百八十二章 歓迎パーティの夜 13.深夜の男祭~ボラ談議~
「ふむ……確かに甘味と香ばしさ、それに円やかさがあるな」
アナスタシア王女が「ボラ」ことロークココアに舌鼓を打っている頃、別の一室ではツィオルコフ卿とカールシン卿が、同じくボラの試飲に与っていた。
そのボラを一口含んで感想を漏らしたツィオルコフ卿に、カールシン卿は言葉を返す。
「あぁ。だが、甘味は砂糖、円やかさはミルクに由来するものだろう」
「つまり……この『ボラ』の本質は香ばしさか」
「それと、〝甘味と円やかさとの相性の良さ〟だな。これが一番の肝だろう」
「ふむ……単独ではただ香ばしいだけのものを、これほど洗練された味に仕上げるとは……ノンヒュームの文化も侮れんな」
感心したように呟いたツィオルコフ卿であったが、カールシン卿の返しに顔色を変える事になる。
「それがな……その『ボラ』、ノンヒュームが古くから飲んでいたものではないらしい」
「……何?」
「以前にイラストリアの外務卿と話していた時にな、その御仁がこう漏らしていた。〝ノンヒュームが試作中の飲み物で、彼らも初めて手がける食材〟なのだ――と」
「……何だと?」
それはつまり、この「ボラ」という食材のあしらい方は長い伝統の中で培われてきたものではなく、入手して短期間のうちに作り上げたものだというのか?
「彼らがこの『ボラ』を入手したのがいつの事なのか判らんから、そう決め付ける事はできんがな。ただ、外務卿はこうも漏らしていた。〝彼らにしても量産するのは難しい〟――と」
「……つまり……量産の技術なり体制なりが整っていない、そうなる以前の段階だと?」
「言い換えると、彼らがこの「ボラ」を入手したのは、それほど昔ではない可能性がある……いや、高いという事だ」
「う~む……」
……カールシン卿の指摘は大筋では間違ってはいないが、それでも幾つかの誤解がある。
まず第一に、ボラを入手したのはノンヒュームではなくクロウであり、抑「ボラ」という名前からして、クロウが便宜的にでっち上げたものである。
第二に、クロウが「ボラ」を入手したのは半年少々前の事だが、〝カカオ豆からのココアとチョコレートの製法〟自体は、地球で長い研鑽と洗練を受けてきた歴史がある。決して〝短期間で作られたもの〟ではない。……まぁ、クロウの指示どおりにココアとチョコレートを作り上げるまでには、ノンヒュームたちの並々ならぬ苦労があったのだが。
だがしかし、神ならぬ身の二人にしてみれば、そんなぶっ飛んだ裏事情まで判ろう筈が無い。ノンヒュームの力量について誤解するのも、蓋し当然であった。
「ボラを得てから僅かの間にここまで仕上げる能力は、長きに亘り様々な食材をあしらってきた経験によって培われたものであろうか」
「いや、エルフやドワーフ、獣人たちが種族の枠を超えて、『ノンヒューム』という新たな枠組みの中で協力し始めたのも大きかろう」
「あぁ……我らモルファンでも、嘗て似たような事があったと聞くからな」
モルファンは遊牧民と航海民によって建国された国であり、彼らが垣根を越えて協力し合ったからこそ、今のモルファンがあるのだと言える。
建国史としてその話を知っている二人は、ノンヒュームでも同じような事があったのだろうと、勝手に納得するのであった。




