第二百八十二章 歓迎パーティの夜 12.深夜の女子会(その3)
王女以下全員がイラストリアの巧手に唸るばかりであるが……実際は、少し違う。
イラストリアが考えていたのは、古代遺跡からエルフとの共存を示唆するものが出土した事実を隠す事、それだけであった。
発掘そのものは隠しようが無いし、警備が厳重になった事で何か重要なものが出土した事も気付かれている筈。ならばその〝重要なもの〟が、ごく一般的な意味での貴重品であると誤認させればいい。
そのためには、大勢のインフルエンサーが集まる場所で、無難な――言い換えると、エルフとの共存を示唆しない――出土品をお披露目してやればいい。そのための恰好の場があるではないか。
……という、割と安直な判断から、パーティでのお披露目が決まったのであった。
そういった意味では、王女たちの判断は、イラストリアの思惑の上であったと言える。
ただ一つ違っていたのは、モルファンの面々がそこに〝マナステラへのメッセージ〟性を見出した……と言うか、誤認した事であろう。
だから――こんな誤解も生まれてくる。
「……イラストリアは随分とマナステラに気を遣っているように思えます」
「確かに……考え過ぎかもしれないけど、報告しておく必要はありそうね」
些かおかしな方向へ話が転がりだそうとした矢先、時の氏神とでも言うべきか、その動きの機先を制する者が現れた――扉をノックする音と共に。
「マルシングです。宜しいでしょうか?」
マルシング卿と言えば、イラストリア王国の外務卿である。そんな人物がこんな夜更けに、他国の王女の部屋を訪れる? 思わず顔を見合わせたところへ、追加説明の声が響いた。
「先程のパーティではお出しできなかったものをお持ちいたしました。ボラと申しまして、ノンヒュームからの試供品でございます」
――ボラ。
その名はカールシン卿から聞いている。何でもノンヒュームから提供が決まったが、量が揃えられないとして、当面は王家にだけ卸される事になったとか。自分たちには特別に融通してくれるとの言質は貰ったと言っていたが……
ともあれ、実際に会ってみない事には始まらないと、扉を開けてマルシング卿たち――茶道具のようなもの一式を運んできたメイドなど――を招き入れる。
「夜分遅くに失礼いたします。何分にも、このボラの量は限られておりまして、パーティで提供する訳にもいかず」
「えぇ。その辺りの話は聞いています。わたしたちに振る舞ってくれるのは、例外的なご厚意だという事も」
如才無い王女の返答に、マルシング卿は一礼を返すと、早速にボラの準備に取りかかる。
ノンヒューム側から提供された粉末に少量の熱湯を注ぐと、それを丹念に練っていく。滑らかなペースト状になったところで、温めたミルクを少しずつ注ぐと、
「ミルクと砂糖の量は敢えて控え目にしてございますので、お試しになられた後、お好みの味に調えて下さいますよう」
――「ボラ」の準備が整った。
 




