第二百八十二章 歓迎パーティの夜 8.王城の一室にて~王女側近たちの横顔~(その1)
実りと心労の多かった歓迎パーティを終え、イラストリア王城内に用意された客室に引き取って来たアナスタシア王女を、
「お疲れさまでございます」
――そう言って出迎えてくれたのは、侍女のミランダと他にあと二人。
「ゾラ、リッカ、あなたたちもご苦労様。面倒な仕事を押し付けて悪かったわね」
「いえ、お気遣いなく」
「これが自分らの任務でありますゆえ」
――異国に留学するアナスタシア王女のお付きとして選ばれた少女たちである。
彼女たちは一足先に王都に入り、留学中に王女が滞在する寮の下見や家具の手配、日用品の調達先などへの顔繋ぎなど、滞在に必要なあれこれの準備に走り廻っていたのである。
しかし勿論、彼女たちとて単なるメイドとして付き添っている訳ではない。
実は……彼女たちが王女のお付きとして選ばれるには少しばかり面倒な……と言うか、傍で聞いていれば頭痛或いは脱力ものの経緯があった。
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アナスタシア王女を隣国イラストリアへ送り出すに当たって、問題になったのは近侍の選定であった。
友好を深めるためとは言え、仮にも一国の王女を送り出すのだ。侍女だの護衛だのを付けない訳にはいかない。ないのだが……ここで問題を些か厄介にしたのは、イラストリアへ赴くのが「王女」で、しかもその目的が「留学」という事である。
女子の王族に近侍するからには、むくつけき男どもを選ぶ訳にはいかない。況して彼女の行く先は、イラストリアの王立講学院。授業中も王女の傍に控えるとなると、脳筋に務まる任務ではない。更に、イラストリアの子女に混じって授業を受けるというのなら、彼らと同年配である事が望ましい……
七面倒な人選などやってられるかとばかりに、同行予定者からの自薦他薦を募ったのだが……これが大間違いの素であった。
王女の側近に選ばれるというのは、それだけでも常ならぬ名誉であるのに加えて、赴任先があのイラストリアである。酒と甘味に眼眩んだ者たちやその家族が、怒濤の勢いで名告りを上げたのであった。
――ここに至ってモルファンの官僚たちも、この人選が胚胎する問題点に気が付いた。
下手に甘党の随身など選んで、万が一にも甘味で懐柔されたりしたら、国を揺るがす大問題である。そんな不忠者はいないと切って捨てたいところなのだが……ここで考慮に入れるべきは、肝心の護衛対象者の為人である。
幼い頃から活動的と評判を取っているアナスタシア王女、その彼女本人こそが、こっそりどこかへ出かけたいと、随身を懐柔しかねない最右翼ではないか。
「問題はそれだけではないぞ。今回の同行者は、モルファン始まって以来の大人数だ」
「……遺憾な事態であるのを認めるに吝かではないが、それがどうしたと言うのだ?」
「解らんのか? 人数が多いという事は、そこに生まれる関係も錯綜するという事だ。ただでさえ人選に頭を痛めたのに、その中から殿下の側近を選ぶなどという事になったら――」
「あ……」
「バランスを取ろうと思うと、迂闊な選出はできん訳か……」
「……それだけではないな。殿下のお付きとしては、既にミランダ嬢が内定している。彼女は殿下の侍女筆頭だ。言い換えると、選ばれる者はミランダ嬢の下に就く事になる」
「あぁ……彼女との相性とかも考えねばいかんのか」
「家柄などを笠に着て、ミランダ嬢を蔑ろにするような者は選べん訳だな」
「まぁ……お付きの者は年若い少女から選ぶ訳だから、侍女筆頭である彼女に反抗するような気骨は無いと思うが」
「いや……子供だけに却って、世間の事情などは斟酌せんかもしれんぞ?」
「甘やかされて育ったようなのは対象外だな……」
「うむ。アナスタシア殿下の甘言と懐柔を、きっぱりと撥ねつけるくらいでなくては」
「それはまた難度の高い要求だな……」
――斯くして、人事担当官僚たちの呪詛とデスマーチの果てに選ばれたのが、
「コルサック?」
「あぁ。数代前に騎士爵を受爵した新興貴族だ。中々見どころのある家のようでな。今の当主は騎士団で一隊を預かっている」
「新興の、しかも騎士爵家か……」
「あぁ。その分余計な柵は少ない」
「で――? その娘が?」
「リッカという名で殿下と同い年。大人顔負けの腕達者だそうだ」
中々に有望そうな者だと聞かされて、居並ぶ一同も耳を欹てる。が――事今回に限っては、ステータス以外にも気にしておかねばならぬ要件がある。
「……甘党ではないのだろうな?」
傍から見ていれば何の茶番かと思われそうだが、当人たちは大真面目である。或る意味で最重要の条件だと言ってもいい。
「甘味よりは肉の方が好みだそうでな。母親を嘆かせていると聞く」
「肉食系か……」
「……貴族家の令嬢としてはアレなのかもしれんが……」
「うむ、今回に限っては好都合だ」
――と、護衛の枠がまず決まる。




