第二百八十二章 歓迎パーティの夜 5.パーティ会場~折り鶴~
「甘いという話だったし、あれはデザート扱いじゃないの? それか……この大人数にお披露目するのはまだ早いと判断したのか」
「作るのに手間が掛かるため、充分な量は供給できないという話だとか?」
使節団長のツィオルコフ卿から問いかけるような視線を向けられたカールシン卿は、暮れのパーティで聞かされた内容に、後日耳にした話を追加して開陳する。尤も話の信憑性については、自分でも半信半疑……よりも「疑」側に傾いているのだが。
「えぇ、そのようです。仄聞したところによると、嘘か真か、原料を細かに磨り潰したその後で、掻き混ぜるだけに三日も費やすのだとか。……詳しい製法は教えてもらえませんでしたが」
「「三日!?」」
手間が掛かっているだろうとは思っていたが、それが真実なら〝手間〟どころではない。話半分としても一日半。そりゃ、イラストリアだってノンヒュームだって、迂闊に広めるのには及び腰になる筈だ。
「モルファンには便宜を図ってくれるとの話でしたが……」
「……それを当てにして待つしか無さそうね。ところで」
――と、王女はここで話題の転換を図った。
「テーブルの上に何気無く置かれているこの飾りだけど……一体どういうものなのか知ってる?」
王女が視線を向けた先には、澄み切った色の紙で作られた、「鳥」と覚しき小さな工芸品があった。一件すると素朴に見えるが、仔細に目を凝らして眺めれば、極めて洗練された技法で作られている事が判る。
何しろパッと見たところでは……
「……紙でできているようですが……切ったり貼ったりした跡がどこにも見えませぬな」
「そうなのよね……」
「つまり……これは一枚紙を折っただけで形作られていると?」
「話の筋道として、そういう事にならない?」
「……確かに……そうなるのかもしれませんが……」
「……見れば幾つかの種類があるようですな。……どれも同じ作りなのでしょうか?」
「そうみたいよ? 少なくとも、わたしが見た限りだと」
だとすると、これは単なるその場の思い付きなどではなく、
「……体系的な技術の存在を予感させますな」
「紙を折るだけで鳥を形作る技術ですか?」
「鳥だけとは限らんだろう。いや寧ろ、鳥以外のものも作れると見るべきだ」
――確かに、クロウについてならその評価も間違いではないが、生憎とイラストリアについては正しくない。彼らはクロウから贈られた「折り鶴」を解いて、その製作法を調べ上げただけだ。ゆえに彼らが折れるのも、数種類の折り鶴だけなのである。
だが……そんな事情はモルファンの理解の埒外にある訳で、
「イラストリアにそういう工芸があったなど、聞いた事もありませんが」
「私とて同じだ。……だとすると、これはノンヒュームの技術だと?」
何でもかんでも「ノンヒューム」に押し付けているような気もするが、他に容疑者たり得る者がいないのも事実である。
しかし……
「それはどうかしら。もしもそうだとしたら、ノンヒュームの菓子店にも飾られていておかしくない筈でしょう? カールシン卿は目にした事があったのかしら?」
「いえ……目を皿のようにして店内を見回していた訳ではありませんが、無かったように思います。……もしもこんなものがあれば、その時点で気付いていた筈ですし」
秘匿していたという説明も出来なくはないが、何のためにそんな事をする?
いや、それ以前に……ノンヒュームの菓子店が開店したのは一年前。モルファンが留学の件を決めるのより半年近くも前である。
そんな前からモルファンの動きを予測して、それに備えていたというのは……幾ら何でも無理筋だろう。そんな事ができるくらいなら、菓子店ではなくて神殿でも開いて、神託で荒稼ぎができる筈だ。
「そうすると……残る可能性はと言えば……」
「……イラストリアは、ノンヒューム以外の文明勢力とも友誼を結んでいる……?」
「しかも、その事を然り気無く通告してきた?」
……成る程。これは確かに面倒な話になりそうだ。




