第二百八十二章 歓迎パーティの夜 3.パーティ会場~知る辺との歓談~(その2)
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実のところ学院のノンヒューム人事は、そこまで先進的なものではない。
いやまぁ確かに、魔術や冶金以外の課目――古文書学や音楽、地質学など――を担当するエルフやドワーフの教官はいるが、ベルフォールのように学際的な研究をやっている者はいなかった。
とは言え、抑ノンヒューム自体がほとんどいないモルファンからすると、充分に驚嘆ものの人事であった。
なので王女も素直に感心し、ついでに気になっていた事を訊ねる事にした。
「こちらこそ宜しく。……『比較文化史学』と仰いましたけど……?」
母国にいた頃にも聞いた事の無い、それでいてどこか気を惹かれる課目名。「比較」とその名に冠する以上は、何かと何かを〝比較〟するに違い無い。では〝何〟を?
――王女の期待と質問は、充分以上に報いられる事になる。
「えぇ。人族とノンヒュームの文化や習俗を比較しつつ、なぜそういう違いが生じたのかを研究するというものでして。まぁ、一口に〝文化〟と言っても広いですし、それらの全てを対象にするなど無理な話ですから、自分の場合は食文化を中心に扱いますが」
「食文化……」
「食」を文化として捉える視点は王女には無かったが、似たような話には心当たりがあった。
抑モルファンという国は、大陸の北部に東西から勢力を伸ばしてきた遊牧民と航海民が協力して建国したという歴史を持つ。
もう少し詳しくその経緯を述べると、大陸北部で西に版図を広げていた遊牧民と、東に勢力を伸ばしていた航海民が中央部で接触。激戦を繰り広げ……る前に、どうした訳か双方の王が意気投合。海外交易・外交・漁業を航海民が、農業・畜産・内地の防衛を遊牧民が、それぞれ分担する事で手を結び、一大国家を建国したのである。
本質的にはのんびりとした気風であり、国家が安定した今となっては膨張主義的な政策は全くとっていない。
ただ、或る意味では多民族国家になるため、建国当初は双方の文化習俗の違いから、思わぬ行き違いや勘違いに起因する悲喜劇やドタバタ騒ぎが繰り広げられたそうで、王女もそういった建国逸話を聞かされた事があったのだ。今となってはどちらかと言うと笑い話に近い――実際、王女もそう思って聞いていた――が、建国時の労苦を偲ばせる教訓として伝えられているのである。
そんな(笑い)話を聞いた事があったので、王女にもベルフォールの言う内容が、漠然とではあるが理解できた。
また、授業で扱う内容が「食」だというのも秀逸である。誰にとっても身近なテーマであるだけに、学生たちにも取っ付き易いだろう。
「まぁ、今の時点では始まったばかりなので、まずは互いの『食文化』の違いを理解させるため、生徒たちの体験談を披瀝させる事から始めています。殿下はモルファンの出身であられますから、もしも受講されるような事がおありでしたら、お国の食文化についてご教示願えればと思いますが」
「えぇ、是非とも受講したいと思います。わたしのささやかな体験談で宜しければ、喜んでお話しさせて戴きますわ」
「それはありがたい」
〝ノンヒュームとの相互理解を果たすため、彼らの文化や習慣について学ぶ〟というのが留学の目的――と言うか、大義名分――であるのだから、もうこれだけで留学の目的は果たしたようなものだ。後は気楽に授業を受けて、この国の「食文化」とやらを楽しめば……などとお気楽に考えていたのが良くなかったのか、続けて発せられた台詞に衝撃を受ける事になる。
「クラスにはノンヒュームの生徒たちも在籍していますが、彼らの話は最後に廻して、そこから『比較文化史学』の本題に入っていこうと思っています」




