第二百八十二章 歓迎パーティの夜 2.パーティ会場~知る辺との歓談~(その1)
「先日ぶりですわねホルベック卿……今はエルギン子爵でしたかしら?」
エルギン男爵改めエルギン子爵となったオットー・ホルベック卿と、エッジアン・ドレスを纏って女性陣の注目を集めているその夫人であった。
「陞爵式典の参加者?」
「あぁ、そういう訳でしたか」
ホルベック卿の説明によると、この歓迎パーティの直前に、直ぐ近くの会場で陞爵式典が開かれており、その参加者――言い換えると、此の度目出度く爵位が上がった者たち――が、特例で参加を許されたのだという。
自分たちが道を急いだばっかりに、王家のスケジュールを狂わせたのか――と、内心で大いに恐縮し、忸怩たる思いを抱いた王女たちであったが……少し、違う。
モルファン側の事情でホルベック卿の上洛日程に狂いが生じたのは確かだが、陞爵式典が歓迎パーティの直前に開催される事は――どうせなら陞爵後の爵位で出席したいだろう事を慮って――既に決定しており、王女が一日かそこら急いだ事による影響はほぼ無い。ただ、ホルベック卿も式典の日程変更による裏事情までは解説しなかった――態々国の恥を曝す事は無い――ために、王女の屈託は晴れないのであった。
「ところで……」
――と、王女は改めてホルベック卿夫人の出で立ちに目を向ける。
「奥様のお召し物、能く能く見れば、先日のドレスをアレンジしたものですのね」
一回着た服の着回しなのであるが、王女の口調に貧乏くさいと嘲るような色は無い。寧ろ、共布で仕立てたエッジアン・クロスを合わせただけで、これほどまでに印象が変わるのか――との感嘆を滲ませた声である。
(エッジアン・クロスを纏う事で、変幻自在に雰囲気を変えるのがエッジ村風・ファッションの神髄だと聞いてはいたけど……これは想像以上だわ)
ホルベック邸での晩餐で素となったドレスを目にしていたからこそ気付けたのだが、そうでなければ気が付かなかったであろう。それを考えると、敢えて同じドレスを着回して見せる事で、エッジ村風・ファッションの本質を教えてくれたのかもしれない。全くホルベック卿夫妻の心配りには頭が下がる。是非とも母国に報告しておこう――と、密かに決意する王女であった。
ちなみにホルベック卿夫人の話に拠ると、数日後に開かれる予定のパーティ――こちらは陞爵した者たちを中心とした、気の置けない集まり――には、もう一つのドレスにエッジアン・クロスを合わせたものを着用するとの事であった。近い将来エルギンの特産となるであろうエッジアン・クロスを抜け目無く宣伝しようとするその思惑にも、やはり王女は感心する。
少し付言しておくと、通常なら陞爵式典の後に披露宴のようなパーティが開催――こっちは王家は会場を提供するだけで、主催は陞爵した者たち――されるのであるが、今回は式典の後に歓迎パーティが滑り込んだため、披露宴の方は日を改めてとなった次第である。
軽く談笑を続けた後にホルベック卿夫妻がその場を離れると、入れ替わるように現れたのはルーリック教務卿、イラストリア王国で王立講学院をはじめとする各種学校を統括する人物であった。
その教務卿が王女に紹介したのは、彼女が入学する王立講学院――通称、「学院」――の学院長を務めるマーベリック卿と……
「殿下、彼は今年から学院で比較文化史学の講義を担当している新任教官で、ベルフォール君といいます」
「お目にかかれて光栄です、殿下」
――と、恭しく挨拶してくれた新任教官を見て、アナスタシア王女は内心で驚愕していた。「比較文化史学」なる課目が学院で講義されているのも驚きだったが、その担当教官の素性に較べれば他愛無いものだ。何しろ件のその教官は、人族ではなくてエルフだったのだから。
(……いえ、そういえばカールシン卿も、学院にはエルフやドワーフの教官がいると言ってたわね。けど……それは魔術や冶金といった分野を教えてるのだとばかり思ってたけど……もっと広い分野で人材を登用しているのかしら?)




