第二百七十九章 ダンジョン乱麻譚~第二幕~ 5.マーカス~〝サウランド・ダンジョン(仮称)〟~(その2)
「いや、たとえ小規模なダンジョンでも、複数が纏まってテオドラム兵に当たったのなら、それなりの被害を与える事はできただろう」
「……〝複数〟?」
「複数のダンジョンが参戦していたというのか?」
「おかしな話か? あの国境の森はそれなりに長い。なら、小規模なダンジョンなら複数を維持する事もできるのではないか?」
「……いや、ダンジョンに囚われる必要も無いかもしれん。ダンジョンでなくとも棲息できるモンスターはいる」
「それらが縄張りに侵入した兵士を襲ったか……」
「抑だ、襲撃についての情報というのは、生き残った兵士の証言しか無いのだろう?」
「実際にどの程度の規模の襲撃だったのか、その証言自体が曖昧なようだからな」
……という具合に、イラストリア発の仮説に説得力ありと認められる。
話はそれで終わるかと思われたのだが、
「……今、思い出したんだが……この仮説には傍証があるかもしれんな」
――などと言い出した者がいたため、もう少し議論が続けられる事になった。
「傍証?」
「そんなものがあったか?」
訝しげな声を上げる同席者たちに向かって、その国務卿が指摘したのは、
「諸君らは憶えておらんかね? イスラファンで起きた怪事件の事を」
「イスラファンの怪事件……?」
「あ、ひょっとしてあれか? ベジン村とやらで起きた……」
「あぁ……あの……」
――クロウが引き起こした百鬼夜行騒ぎの事であった。
「……あの話が、これとどう繋がるのだ?」
「あれはダンジョンとは無関係だろう?」
確かに、ダンジョンの可能性を指摘した者はいたが、冒険者ギルドによるその後の調査で、ダンジョンは無いと結論が出ていたではないか。
「ダンジョンの話ではない。あの一連の怪異が消えた場所の事だ」
「怪異が消えた場所……」
「確か……ネジド村とか……」
「そう、そのネジド村だ。怪異が現れたベジン村と、怪異が消えたネジド村。両者の違いについて、何か耳にした事は無いか?」
思いがけない問いかけに、一同顔を見合わせていたが……やがて、一人が何かを思い出したようだ。
「……待ってくれ。そう言われれば、何か噂を聞いたような憶えがある。確か……」
――読者は憶えておいでであろうか? 嘗て百鬼夜行の顛末として、住民たちの間で囁かれていた話を。
〝……ベジン村の山からおん出た化け物どもは、遠路遙々ネジド村までやって来て、そこの裏山へ入って行ったってのか?〟
〝山から抜け出して山へ入った――って……一体何が違うんだ? ……同じ山じゃねぇのか?〟
〝……木……かな……?〟
〝――木?〟
〝あぁ。確かベジン村んとこの山は、ほとんど禿げ山に近かった筈だ。対してネジド村の裏山は……〟
〝あぁ……こんもりとした森が、青々と鬱蒼と茂ってんな……〟
――という具合に、イスラファンのあちこちで緑地の、或いは緑化の意義と重要性が論じられていた事を。
「……怪異をモンスターに置きかえれば……」
「似たような構図になるな、確かに」
「つまり――森を伐り払ったテオドラムの失態が全ての元凶……という事か」
・・・・・・・・
後日――テオドラムでも同じような問題が議論の俎上に載せられて、国務卿たちが揃って頭を抱える事になるのだが……
「……この話が国内に広まる前に、例の村の木立だけでも、どうにかした方が良いのではないか?」
「ボーデの村か……」
「しかし……どうにかすると言っても、我が国に緑化の専門家などおらんぞ?」
「伐採と開拓に関してなら、一家言持つ者は多いのだがな」
――などと懊悩した結果が、
「そう言えば……イラストリアにはその手の専門家がいるそうだな?」
「あぁ、確か……『緑の標修道会』とかいったな」




