第二百七十九章 ダンジョン乱麻譚~第二幕~ 2.バレン冒険者ギルド~〝サウランド・ダンジョン(仮称)〟~(その1)
外交的な状況を慮って、テオドラムの出稼ぎ人たちとマーカス当局だけに密やかに流された筈の「サウランド・ダンジョン仮説」であったが……こういった〝ここだけの話〟の常として、予定していた以外のところへも、確りと噂は届いていた。……まぁ、イラストリアの側にしても、或る程度の漏洩は想定のうち。最悪、国民が浮き足立つのさえ回避できれば充分である。
で――そんな噂話を聞き付けた者たちの話である。
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「サウランドに未知のダンジョンがある? どっからそんな与太を聞っ込んできた?」
半信半疑どころか三信七疑……いや、二信八疑くらいの表情を浮かべて訊き返したのは、バレンの冒険者ギルドのギルドマスターであった。
そしてその問いかけに答えて、ギルド古参の職員の男が言葉を返す。
「ごく一部の冒険者の間で、密かに噂になっているようです。……で、どうします?」
古参職員からの回答には鼻を鳴らしたギルドマスターであったが、その直ぐ後に続いた問いかけには眉を顰めた。
「どうする――ってなぁ、どういう意味だ?」
「いえ、バレン冒険者ギルドとしての対応についてですが」
「……ちょっと待て。噂を気にしてるってなぁ……バレンの連中もって事か?」
職員の男が返した頷きに、ギルドマスターは本気で当惑したような表情を浮かべる。遠くサウランドにあると囁かれる〝未知のダンジョン〟。
心惹かれるワードなのは理解するが、なぜバレンの冒険者がそれを気にするのか?
「サウランドはマナステラより近いですから」
――というのが、職員の男からの答であった。
愚かな領主がエルフの村に侵攻を企てて返り討ちに遭い、バレンの冒険者ギルドに所属していた馬鹿冒険者がダンジョンで行方を絶って(笑)からというもの、ここバレンの冒険者ギルドはすっかり斜陽が射している。今やイラストリアにとって「バレン」という名は、「ヴァザーリ」に次ぐ禁句となっているのだ。当然、そこ出身の冒険者たちも、肩身が狭いどころではない境遇に置かれている。……まぁ、それでもヴァザーリに較べれば数段マシなのであるが。
ともあれ、そんなバレンの冒険者ギルドが闇の中で見つけた微かな灯り。それこそがマナステラでありテオドラムであったのだ。
――少しばかり説明が必要であろう。
国内外にポコポコと現れたダンジョンに、現在進行形で翻弄されているテオドラムは、ダンジョンに関する正確詳細な知識を欲していた。そのために、ダンジョンアタックの経験豊富なイラストリアやマナステラの冒険者ギルドとの伝手を望んでいたのだが……何やかやでイラストリアとの仲は微妙になっているし、マナステラとは抑繋がりが薄い。そんなテオドラムにほとんど唯一採り得た手が、自国の冒険者ギルドを通しての働きかけであった。
とは言っても、何かと噂のテオドラムと結託しようという冒険者ギルドなど、そうそうあるものではない……何か問題のあるところを除いては。
その〝問題のある〟冒険者ギルドの一つこそが、ここバレンという訳なのであった。
〝ダンジョンの情報を共有するために、イラストリア・テオドラム・マナステラの冒険者ギルドの間で繋がりを持ちたい〟――というテオドラム冒険者ギルドからの話に、凋落著しいバレン冒険者ギルドは飛び付いた。




