第二百七十八章 リーロット発諸方面行き迷走便 13.モルヴァニア~国境監視砦~(その2)
「それで……その『修道会』からの指示には、何と書かれてあるのです?」
「あぁ、小官が口で説明するより、教授が見た方が早いだろう」
そう言うと将軍は、モルヴァニア首脳部から送られて来た指示書――修道会からの書簡の抜粋らしい――を教授に手渡した。教授はそれを仔細に読み込んでいたが、
「……成長の早い樹木というのは解るのですが、落葉樹というのは?」
「あぁ。何でも〝暑い盛りには葉で陽射しを和らげ、寒い冬の時期には葉を落として陽射しを届ける〟という事らしい」
「成る程……色々と考えられているのですな。……指示書には具体的な樹種名まで挙げられていますが?」
ここまで詳しく書かれているのなら、自分たちの出る幕など無いではないか。そう言いたげな教授であったが、
「それなんだがな……そこに書かれている種類は、飽くまでイラストリアにおける事例だそうで、モルヴァニア国内での状況は解らんとも書かれてあったらしい。況してこの辺りは荒れ地な上に、問題の苗木をどこから調達するかという問題もある」
「成る程……」
この近辺に樹木が生えているのなら、その苗木を運んで植えればいい……というのは理想論であって、まさにそういう〝生えている木〟が無いために、緑化が必要となるのである。
となると、苗木は他所から持ち込むしか無い訳だが、その苗木がここで生育できるかどうか、抑大量の苗木を確保できるかどうか、そういったところが「緑の標」修道会でも確言できなかったらしい。
まぁ、少し離れたシュレク村では、クロウが荒蕪地の緑化などを行なっているのだが、あそこはここより水の便が良いし、何よりダンジョンマジックという反則技もある。ここと同列には扱えないのであった。
「他にも色々と書かれてありますな。……この……鳥が能く実を食べる樹種……というのはどういう事で?」
「鳥が実を食べて糞をする。その糞に混じっていた種子が芽を出して育つ事で、木々の生える範囲が拡がっていく……という事らしい。……小官も仄聞しただけなのだがな」
「何と……そこまで遠大な計画を……」
――と、この辺りまではハビール教授も感服の至りという体であったが、
「……魔力に対して能く反応する樹種……?」
「そこか……何でもな、適当な時期を見計らって木魔法をかけてやったり、場合によっては根元に魔石を埋めるなどしてやって、生育を早める事ができるそうだ。……修道会では既に確認済みらしい」
「何とまぁ……」
――ここまで行くと、感心を通り越して呆れるしか無かったようだ。
何しろ「緑の標」修道会は、クロウ自作の魔石を潤沢に供給されている。なので、一般的には貴重品と見做されている魔石であろうと、気後れする事無く消尽して実験できていた。その結果得られた知見の一部は、既にリーロットでも公開しているのだが、今回モルヴァニアにも提供したのである。
……まぁ、この知見についてはリーロットでも同じように呆れられたのだが。
「既に本国でも、苗木の選定と確保に向けて動いているそうだ。我々は現場にいる〝強み〟を活かして、候補となる樹種の選定に協力してほしい――そうだ」
〝強み〟のところに嫌みたらしくアクセントを置いたのは、将軍も思うところがあるのだろう。
とは言え、この事業が祖国モルヴァニアにとって重要なのは理解している。
「護衛の兵は無論付けるが、調査部には周辺植生の調査から始めてもらいたい」
「心得ました。……将軍の方は?」
「街道の緑化が首尾好くいけば、実際に訪れる者が増えるかもしれん。そうなると、安心安全に宿泊できる拠点というのも必要になる」
〝実際に〟のところに――先程とは別の調子の――アクセントを置いたのは、行商人という建前のエージェント以外に、正真正銘の行商人がやって来る可能性を想定したからだろう。
もしもそういう事態になったら、それ相応の対応策というものも必要になる。
「……宿泊地の整備――ですかな?」
「その下見というところだな」
面倒臭げに溜息を吐いたカービッド将軍は、話のついでに更なる懸案事項についても漏らす事にしたようだ。
「……この緑化計画に関しては、マーカスも関心を抱いているらしい。ヘマをやらかして、マーカスに醜態を見せる訳にはいかんのだよ」
「難儀な話になっているのですな……」




