第二百七十八章 リーロット発諸方面行き迷走便 7.クロウ~モルヴァニア西街道緑化計画~(その5)
両国ともそんな事は狙っていないのだが……生憎とクロウたちにしてみれば、思い当たる節があり過ぎた。
『クロウがバレンでやったようなやつ?』
『あれよりもっと大仕掛けだがな。テオドラム北街道と似た構図だが、完成すればあっちよりは実効性がありそうだ』
別にテオドラムとて、イラストリア南街道の利を奪うつもりで北街道を整備している訳ではないのだが……傍からはそう見えなくもないのも事実である。
『ですがご主人様、テオドラムは統制経済を基礎としています。そういう経済封鎖策に、果たして効果が見込めるかは怪しいですが?』
――と、元・テオドラム王国軍主計士官のハンスから物言いが入ったが、
『あぁ。しかし国としてはともかく、テオドラム東部の住民の生活には影響が出るんじゃないか?』
『……東部住民の、本国からの離反・独立を誘っている――と?』
『そこまで行かなくても、テオドラムへの経済的な依存を低めてやるだけでも、嫌がらせには充分じゃないか?』
テオドラム東部の都市としては、防衛都市として建設されたグレゴーラムやニコーラム、ウォルトラムがあるばかりで、他に大きな町や村は無い。言い換えると商業は盛んでない。
『だとしてもだ、そういった都市に日用品その他を供給する村などはある筈だろう。そこを城塞都市と切り離す……まではいかなくても、結び付きを弱めてやる事は、それだけ城塞都市の首を絞める事にならないか?』
『それは……確かに』
嘗てオルフとネスが、シュレク周辺の村を巻き込んで独自の経済圏を構築すべきだと進言した事があったが、モルヴァニアとマーカスも同じような事を、しかもより大規模に画策しているというのか(笑)。
『……こういった事を考えさせては、こやつの右に出る者はおらんのぉ』
『煩いぞ、爺さま』
精霊樹の爺さまの皮肉をピシャリとやり込めると、クロウは暫し黙考する。こういう時のクロウは真剣に考えを巡らせているので、爺さまもシャノアも余計な茶々を入れる事はしない。
『……已むを得ん、オッドに連絡を取れ』
『オッドさんに?』
生前凄腕の詐欺師として鳴らしたオッドは、ひょんな事からクロウが入手したテオドラムの土地取引証文を十全に活用するため、実在しない〝異国の大商人〟の痕跡を捏造せんものと、あちらこちらで仕込みや仕掛けの真っ最中である。
そんな多忙なオッドを一時的にであれ呼び戻すというのは――
『あぁ、テオドラムの状況なら知っている者は多い――クロウ配下のアンデッド約四千名――だろうが、事テオドラムの隙や綻びという視点でなら、多分オッドが一番詳しいだろう』
そう説明したクロウであったが、それだけでは足りないと感じたのか、更に説明の言葉を重ねる。
『モルヴァニアとマーカスが経済封鎖の絵を描いているのなら、場合によっては俺たちも――こっそりとだが――一口乗せてもらうのもありだろう。ひょっとするとシェイカーの連中を動かす事になるかもしれんし、そうなると修道会の活動にも影響が出かねん。……どうあっても、欺瞞作戦のスペシャリストたるオッドの意見を聞く必要がある』
思った以上の大事になりそうな気配に、眷属たちも緊張……ではなく、胸を躍らせている。
そして――そんな一味を見回して、クロウは更に言葉を続ける。
『こうなると、マーカス側の状況も知りたくなるな』
『「災厄の岩窟」だけでは、足りませんかな?』
『問題の街道筋の状況だからな、知りたいのは。……そうだな、予て懸案になっていた、サウランド近くの監視拠点。あれを少しばかり拡張するか』




