第二百七十八章 リーロット発諸方面行き迷走便 6.クロウ~モルヴァニア西街道緑化計画~(その4)【地図あり】
そこで改めて最初の疑問に立ち返る事になる。
〝なぜ、道路の緑化を必要としているのか?〟という疑問については、〝行商人を招くため〟というモルヴァニアの言い分を容れるとしても、
・なぜ、他の街道ではなくあの街道を緑化する必要があるのか?
・なぜ、今なのか? 急いでいるのはなぜなのか?
――という二つの疑問が残る。
『えーと……モルヴァニアが言ってたように、本番の前に当たり障りの無いところで試してみたい……とか?』
『当たり障りが無い――って……仮想敵国の国境の真ん前なんだけど?』
『寧ろ……挑発に……なりませんか……?』
『挑発ねぇ……』
『挑発にしては些か迂遠な気がいたしますな』
困った事に、マーカスの事を考えないとなると、特にあの街道を選ぶ理由が思い付かない。何で態々あんな場所に、行商人を引き入れる必要がある?
『だったら、えーと……ナイガシロにされてきた僻地のシンコウサクっていうのは?』
『地方支援か……』
『テオドラムの北街道整備を見て思い付いたというのなら、このタイミングも理解できますな』
『だとしても、支援と言うなら中央に至る道路の整備が先じゃないのか?』
日本における新幹線建設の事例を思い浮かべながら、クロウは異論を呈してみたのだが、
『そうしたら、田舎の人がみんな都会へ逃げ出しちゃうからじゃない?』
『うーむ……人口流出の可能性か……』
シャノアの再反論にも説得力があったため、とりあえずはこの方向で検討を進めてみる事にする。
『あとは……あの街道沿いにある町とかの支援ですか?』
『あの街道沿いには大した町や村は無かったんじゃないのか?』
『シュレクの前にある、モルヴァニアの監視砦の物資補給用とか?』
『それならぁ、普通に中央からぁ、運ぶんじゃなぃのぉ?』
『それにだ、軍事拠点への補給物資を、態々仮想敵国との国境線の真ん前を通って運ぶのか?』
『先程ハイファが言ったとおり、挑発にしかならんじゃろうな』
今のこの時期にテオドラムを挑発して、モルヴァニアにどういうメリットがあるというのか。
『大体、あの街道はマーカスの国内にまで延びて、その先はサウランドに至るんだろうが。モルヴァニアの意図がどこにあるにせよ、下手をするとマーカスまで巻き込む事になるぞ』
『という事は……この依頼はマーカスとも合意の上かもしれませんな』
『……つまり……マーカスと共同歩調をとり得る、或いはとるべき事案だと言うのか?』
――違う。
〝ヴォルダバンの行商人を引き込む〟というのは、シュレク周辺の村人たちとの塩の取引のため、モルヴァニアがでっち上げた口実である。マーカスとの協力など微塵も考えていない。
しかし……不幸にしてスレイの指摘には充分以上の説得力があったため、当の塩取引の元凶であるクロウたちの議論は、おかしな方向に迷走を始める。
『モルヴァニアとマーカスが共同して事に当たるというなら、それは対テオドラム政策しか考えられん』
そういった視点から問題の街道を眺めてみると、改めて目に付く事がある。
『問題の街道と並行するように、テオドラムの東街道が走っている訳か……』
仮に……ヴォルダバンの商人が、就中ヴォルダバン東部の商人がイラストリアへ行こうとした場合、どういうルートを選ぶだろうか?
モルヴァニアからマーカスの首都を通って行くのは、テオドラムを抜けるルートに較べて遠回りとなる。経済観念の発達した商人なら、テオドラムルートを選ぶのではないか?
しかしその一方で、ノンヒュームがテオドラムを敵視している事は、目敏い商人なら気付いている筈。ノンヒュームの機嫌を損ねたくないと考えるなら、テオドラムルートを選ぶのは躊躇いそうだ。そういう現状でなおテオドラムルートを選ぶ理由は、街道の安全性・快適性を措いて無いだろう。
しかし――ここでもしもモルヴァニア~マーカスルートの安全性・快適性が向上するとなると……?
『……モルヴァニアとマーカスが狙っているのは、代替ルートの整備による経済封鎖か?』




