第二百七十八章 リーロット発諸方面行き迷走便 2.イラストリア王城 国王執務室(その2)
――と、外務の若手官僚に加えて、外務以外の部署からそれなりの者を同行させる事になった。
では誰を――となったところで、柔やかに名告りを上げる者がいた。
「僭越ながら、自分が向かうというのはどうでしょうか?」
「ウォーレン卿?」
「おぃウォーレン、何を血迷った事を言い出しやがる」
……そう。同行者として名告りを上げたのは選りにも選って、国軍の懐刀と名高いウォーレン卿であった。
「別に血迷っている訳ではありません。これが単に外交的な任務というなら、自分がしゃしゃり出る必要は無い――それには同意します」
「だったら……」
「――しかし! 行く先がリーロットとなれば話は別です」
「……どう〝別〟だってんだ?」
「リーロットにはテオドラムの領民が出稼ぎに来ており、その彼らが持ち込んだという噂話が、つい先日も物議を醸したばかりです」
〝お忘れですか?〟――と言いたげなウォーレン卿の台詞を聞いて、いつもの三人組には思い当たる事があった。
「あー……」
「テオドラム北街道の延伸工事と、それに絡むモンスターの話じゃな?」
「まさにそれです。そういう噂話がある以上、事の真偽も含めてより詳細な情報を集めるのは不可欠。自分が出向する理由には充分だと思いますが?」
――成る程、確かに話の筋は通っている……ように聞こえるが、
「措きゃあがれ。情報収集に事寄せて、モルファン王女来臨から逃げ出そうってのが本音だろうが。見逃してもらえるなんて思うなよ」
ばっさりと切って捨てたローバー将軍の一言に、居並ぶ面々も頷いて同意を示す。……敵前逃亡は許してもらえないようだ。
「……道路の緑化というのは聞いた事が無いが、他国までもが気にかけているとなると、イラストリア王国としても無関心ではおれぬ道理。内務部が動いてもよいのだが……」
内務を預かるルボワ卿が口籠もりつつ話を切り出すと、逃亡を断念した――させられた――ウォーレン卿がその後を続ける。
「……治安維持を預かる内務部が出て来ると、南部貴族を不要に警戒させる事になりかねません。あまりお薦めできないかと」
「だろうな……」
「寧ろ、ここはマーヴィック卿のお手を煩わせるのが宜しいかと」
「商務部をか? ……成る程」
抑モルヴァニアの依頼というのが、〝行商人を誘致し易い快適な道路整備〟なのであるから、商務部が動く理由はある。況して今回の行き先はリーロット、今を時めく新興商都である。視察には持って来いの好機ではないか。
「もう一つ。モルヴァニに対する体裁を考えるなら、使者の派遣は急ぐべきかと」
「ふむ、人選については緊急という事で押し通せるだろうな」
「ならばこの際じゃ。第四大隊の駐屯地まで飛竜を飛ばし、そこからは馬車でリーロットまで急がせるか」
「あの辺りは雪融けが遅ぇんだが……ま、それでもちんたら街道を行くよりゃあ早いか」
……という具合に、とんとん拍子に話が纏まっていく。そのついでに、
「噂話の訊き込みについては、国軍から担当の者を派遣しましょう」
「丁度好いやつらもいるこったしな」
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――丁度その頃、王国軍第一大隊の屯所では、
「……おぃ、何だか急に寒気がしてきたんだが……」
「……覚悟を決めておいた方が良さそうだぞ、クルシャンク」




