第二百七十七章 シェイカーvsヤルタ教~第一幕~ 7.クロウ(その3)
『いや待て。イスラファンと言えば、ヤルタ教のやつらが出張ってなかったか?』
『あ……ベジン村の……』
『そう言えば、あれって元々ヤルタ教が原因でしたよね?』
自分たちが「元凶」だという事実はあっさり棚に上げたらしく、クロウ一味はヤルタ教の動きを考え始める。
・危険を感じた鼠は逃げ出そうとする。
・ヤルタ教は以前イスラファンに出没していた。
・ヤルタ教は今になって、テオドラム国内の信者の機嫌を取る必要に迫られている。
これら三つの事実――註.眷属主観――から導き出される解答は……?
『イスラファンへの逃亡を企図していたが、それが何かの理由で頓挫した?』
『で、テオドラムに舞い戻る羽目になって、関係修復のために信者のご機嫌取り――ってか?』
『ヴォルダバンでの酒の買い出しは、あっちへ逃げるための下地作りも兼ねてるって事かよ』
『まぁ、あり得ない話ではないか』
――そう、あり得ない話ではない。
単に事実と違っているだけである。
テオドラム国内に居続ける事にヤルタ教が危機感を抱いたのも、逃避先としてイスラファンを選択したのも事実である。しかし、そこから先は微妙に違う。
ヤルタ教はイスラファン国内の拠点を維持しているし、テオドラムを捨てる気こそ――まだ――無いものの、殊更にテオドラムに回帰する気も無い。ゆえに、信者の機嫌取りなどという発想には至らない。
ヴォルダバンまで買い出しの足を伸ばしたのも、五月祭を控えて近場では充分な酒が確保できなかったという、拠ん所無い事情によるものだ。買い出しのついでにヴォルダバンで幾つかの伝手を作ったのは事実であるが、それとてヴォルダバンへの待避を念頭に置いたものではない。
『……能く判らんが、ヤルタ教の奴らが何か企んでいる事だけは確かなようだな』
――その点だけは〝確か〟である。
尤も、終始〝何かを企んで〟いるのがヤルタ教とも言えるのだが。
これで話が終わったかと思いきや、新たな懸案を持ち出す者がいた。元・テオドラム主計士官のハンスである。
『あの……ヤルタ教の護衛ですけど……自前の護衛の他に、カラニガンの冒険者らしいのもいましたよね?』
『うん? それがどうかしたか?』
『ヤルタ教はなぜ、護衛を追加で雇ったりしたんでしょうか?』
この、或る意味で素朴な質問は、居並ぶ一同の意表を衝いたようだ。
『どうしてって、そりゃお前……』
『同行していた護衛だけでは不充分だった……とか?』
『なぜ、不充分だったんでしょうか?』
話がここに差し掛かると、一同もハンスの懸念に気が付いた。ヤルタ教の護衛戦力が低下しているというのか?
『……とは限りませんね。どこか他へ戦力を廻していて、こちらに廻す予備戦力が無かった可能性もあります』
『それはそれで問題じゃないか?』
探るべき点が一つ増えた――と考えていたところで、又候別の解釈が飛び出てくる。
『あのルートが危険だとは思ってなかったから――じゃないのか?』
『あぁ、危険があるとは思ってなかったから、それなりの護衛しか用意してこなかったのか』
『で――カラニガンの町へ来て、シェイカーの噂を聞いた、と』
――成る程、これなら筋は通る。そう思って内心で安堵していたのだが、
『危険だと解っていて、なぜあのルートに固執したんでしょうか?』
――という、追い討ちにも似たハンスの指摘に、再び考え込む事になった。
あの間道が危険だと事前に判っていれば、別のルートを選ぼうとするのが自然ではないか? そうしなかったのはなぜか? カラニガンで冒険者を雇ってまで、このルートに固執したのはなぜなのか?
『……ヤルタ教の周辺を、どうにかして洗ってみる必要が出て来たな』




