第二百七十七章 シェイカーvsヤルタ教~第一幕~ 6.クロウ(その2)
『次に量について。どう考えても個人で消費する量じゃない。という事は、飲むのは大勢だと考えていいだろう』
『カイトさんとバートさんなら飲めそうな気もしますけど……』
『『おぃ』』
『……けど、二人や三人で手配できる量じゃありませんよね』
この点に関しても、一応クロウの言い分が通った。
『最後に時期についてだ。この時期に運んでいた事に何か意味があるとしたら……』
『……五月祭ですか』
『他に何かあるか?』
クロウの問いかけに暫し考え込んだ一同。これがイラストリア国内であれば、モルファン王女の留学という線も考えられたのだが、場所はヴォルダバンとテオドラムの境界付近である。モルファンの線は薄いだろう。
『……てぇと……どういうオチになるんで?』
『五月祭という事に拘らず虚心坦懐に考えれば、大勢に対する振る舞いという事にならんか? そしてヤルタ教が振る舞いを行なうとすれば、その対象は信者だろう。つまりは、五月祭に託けての信者の人気取りという事になる』
クロウの明快な推理――もしくは空想――に、おぉっと響めく眷属たち。この辺りは作家・黒烏の面目躍如といったところか。
聴衆の反応に気を良くしたらしいクロウが、話を続けて言う事には――
『そこで次の疑問が出て来る。あの傲慢なヤルタ教が信者の機嫌を取る理由は何か? 言い換えると、今頃になって信者の人気を取らなきゃならんような事が、何かあったのか?』
クロウの示した可能性に、深刻な表情で考え込む眷属たちであったが……前提に一部誤りがある。
実のところヤルタ教は――少なくとも信者に対しては――殊更に傲慢という事は無い。それどころか各地の教会では、何かと信者の困窮を救うべく動いているし、全国的な飢饉の時には教団全体で炊き出しなどもしている。……まぁ、それによって新たな信者の獲得も行なっているのだが。
要するにヤルタ教は、信者の不満をノンヒュームたちに向ける事で信者の結束を図り、教団の強化に努めているのだ。その教義がもろにノンヒュームと、そしてクロウとぶつかり合っただけである。或る意味で階級闘争の歪な縮図と言えなくもない。
ともあれ、クロウの示した疑問点は妥当なものと受け止められたらしく、眷属たちによる活溌な意見交換が始まった。
『要するに、何かに対して危機感を抱いた――って事でしょ?』
『だからそれが、何に対してなのかって事だろうよ』
『この時期に危機感ねぇ……』
『危機感と言えば……危険を感じた鼠は逃げ出そうとするものですが』
このアンシーンの呟きが切っ掛けとなって、議論は別の方向へと進み始める。
『ヤルタ教が逃げ出すって……どこへだ?』
『テオドラムから逃げ出すっていうと……その先は沿岸国しか無いんじゃない?』
『まぁ、今更イラストリアに舞い戻ろうとしても無理だろうし、マーカスやモルヴァニアには伝手が無さそうだし』
『と言うかよ、テオドラムの東部っつったら、「岩窟」と「廃坑」のダンジョンがあらぁな。ヤルタ教にとってダンジョンは鬼門じゃねぇのか?』
『『『『『あー……』』』』』
エメンの指摘に、心当たりのある者たちが、何とも言えない声を上げる。思い起こせばヤルタ教の甘言に乗って、双子のダンジョンに特攻したのが話の始まりではなかったか。
『俺たちの後に、カイルたちも全滅してる訳だしなぁ』
『ヤルタ教の勇者様が立て続けにやられてんだ。今更ダンジョンに向かうたぁ思えねぇな』
――となると、残るは沿岸国になる。しかし西隣のアムルファンは、エメンが仕組んだ贋金の件で、テオドラムとの関係が微妙になっている筈。ヤルタ教と直接の関係は無いのだが、テオドラムに拠点を構える教団というだけで色眼鏡で見られる可能性は否定できない。それに家主たるテオドラム自体も、店子がアムルファンに手を出すのは気に入らぬかもしれぬ。あの教主がそれくらいの事を考えない筈が無い。
『とすると、ヴォルダバンかイスラファン?』
『待てよ? ヴォルダバンだとすっと……』
『あ……今回の酒の買い出し』
『ヴォルダバンに渡りを付けるためか?』
だとすると、買い出しという行為そのものが目的だったという事になり、これまでの議論の前提が引っ繰り返る。はてさて――と、一同困惑していたところに……




