第二百七十六章 クロウ 1.ダンジョンアメニティ問題(その2)
すっかり上機嫌で作業を進めていたクロウであったが、ある時ふと気が付いた。
(……浅層の環境を、ここまで好適にする必要があるのか?)
マナステラの開設予定のダンジョンでは、これまでのダンジョンで得た知見と反省を活かして、浅い階層のトラップは控えめにして、深い階層――ダンジョンモンスターたちの職場――に進み易くなるように設計してある。言い換えると、ダンジョンの浅層は通路のようなものであって、そこを過ごし易くするというのは当初の予定に無かった。そのせいで工事の進捗が若干遅れ気味である。
〝でもクロウ、浅い階層にも、ケイブラットやケイブバットは配置するんでしょう?〟
そこに配置されるモンスターがいる以上、職場環境を快適に保つのは当然ではないかとシャノアは言うのだが、彼らの持ち場は階層全体ではなく、そこに設けられた観察拠点である。そこの好適性だけを保障してやればいいではないか。況して、冒険者がやって来そうにない冬季の快適性まで気にする必要は……
〝でもクロウ、ダンジョンの中が過ごし易いって判れば、やって来る冒険者も増えるんじゃないの?〟
――この指摘にクロウも考え込む事になった。
ダンジョンを一種の避寒地・避暑地として考えれば、シャノアの言っている事も強ち間違ってはいない……ような気が……そこはかとなく……しないでも……ない。実際に「災厄の岩窟」という先例がある訳だし。
しかし、そうは言っても……これは最早一ダンジョンの整備というより、村興しや町興しに近いのではないか?
そう悩み始めたところで、今度はまた別の問題が気になり始める。
(……ダンジョンに精霊がいるという事は、冒険者にとってどんな意味を持つんだ?)
降って湧いた一連の疑問、その回答者としてクロウの脳裏に一旦浮かんだのは「ダンジョンマスター友の会」であったが……さすがに彼らに相談するには、内容が微妙過ぎる気がする。
それより先に「ピット」のフェルとダバルに質問するべきだろう。
・・・・・・・・
『ダンジョンに精霊がいるか――ですか?』
『あぁ。そしてもし精霊がいた場合、冒険者たちはその事をどう考えている?』
唐突な質問にフェルとダバルも困惑したようだが、それでも彼らの知るところを答えてくれた。
『……少なくとも、「ピット」の中に精霊が居着いた事はありませんでした。……以前は、という意味ですが』
『ダンジョン外で見聞きした感じでは、冒険者たちはあまり気にしていない……と言うか、基本的に気付かない事の方が多いようでしたね』
念のためにマナステラの「百魔の洞窟」を管理させているギドにも確認してみたのだが、やはり同様の答が返って来た。則ち――〝ダンジョン内に精霊が入り込む事はあるが、冒険者たちは気にしていない〟というものであった。
『とすると……問題はダンジョン内の快適性という部分に集約される訳か……』
多くの冒険者を誘致せんとするダンジョンにとって、ダンジョン内のアメニティは如何にあるべきか。また、如何にそれを周知すべきか。
ダンジョンという存在にとって或る意味で根源的なものとなり得るこの問題は、幸か不幸かそれ以上議論される事無く棚上げとなった。
その理由は一つには、〝どうせマナステラのダンジョンが開放される頃には気候条件は良好になっているのだし、今焦って議論する必要は無いのではないか。ダンジョン開設後に、その運用実績を見た上で検討すればいい〟――という意見が出されたからであり、もう一つには……




