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第二百七十五章 マーカス 1.「災厄の岩窟」(その1)

舞台はマーカスに変わりますが、前章の最後に述べた「サウランド・ダンジョン(仮称)」の話ではありません。全く別のアクシデントがマーカスを襲います(笑)。三話構成です。

 冬――積雪や降雪によって移動が、何よりもその原因である低温によって生物の活動が大きく妨げられる季節……一般的には。


 しかし、どこにでも例外というのは存在するのが常である。

 この場合の〝例外〟というのはダンジョン――それも、世間では「災厄の岩窟」という悪名で人口(じんこう)(かい)(しゃ)しているダンジョンであった。


 少し考えれば解る事だがダンジョンというのは、そこに濃集した魔素や魔力に惹かれて棲み付いたダンジョンコアとモンスターから成る、有機的な共同体である。

 モンスターの素材を目当てにやって来る冒険者たちを迎え撃ち、時には返り討ちにする事で、ダンジョンが必要とする餌や魔力を回収している。言い換えるとダンジョンにとって、共生しているモンスターの行動の自由と安全を保障する事は、ダンジョンの存立にも関わる至上案件な訳で……例えば、冬の低温でモンスターの活動が鈍りました、その隙を()かれてモンスターが狩られました、戦力が低下したところでダンジョンコアが討伐されました――ではお話にならない。


 (ひっ)(きょう)、ダンジョン内では冬の低温に対する何らかの対策が要求されるという事になる。


 通常は――洞窟型のダンジョンで()く見られるように――構造的な遮蔽(しゃへい)や断熱によって、外からの寒気の侵入を防ぐとともに、内部の暖かい空気を逃がさないようにしている。ダンジョンによっては地熱を利用して、更なる加温と保温に努めているケースもあるくらいだ。


 まぁ、ダンジョン蘊蓄(うんちく)についてはこのくらいにして本論に戻ると……悪名高い筈の「災厄の岩窟」は、(もっ)()のところテオドラムとマーカスの兵士たちから絶賛を浴びている真っ最中であった。理由は言うまでも無い。外でどれだけ吹雪が吹き荒れていようと、一旦ダンジョンの中に入りさえすれば、そこには心地好い温度湿度に調整された環境が待っているのだ。

 何しろクロウの視点では、ダンジョンの奥地で採掘作業に(いそ)しみ、結果としてダンジョン領域の拡大に寄与してくれる兵士たちは、ダンジョンにとっての貴重な労働力である。労働の効果を高めるためには、労働環境を好適に保つのは必須であると考えていたから、兵士たちが作業する場所の快適性・安全性には(こと)(ほか)気を遣っていた。……ダンジョンマスターとしてその態度はどうなのかという向きもあろうが、現実にダンジョン領域の拡大という成果が上がっている以上、クロウの判断も(よし)()しとはできない。


 その結果、この季節ばかりはダンジョン内での勤務を希望する者が殺到し、スケジュール担当者が頭を痛めるという日々が続いていた。


 ……(もっと)もダンジョン駐留部隊の上層部は、また別の懸念で頭を痛めていたのであったが。



・・・・・・・・



「ダンジョンの内部では気温や湿度が一定の範囲に保たれがち……そういう話は、()(しょう)この(わし)も聞いた事がある。そして現に、兵どもが嬉々としてダンジョン内に出勤して行くところを見ると、それは事実でもあるのだろう」



 不満と不審が五分五分という様子で話を切り出したのは、マーカス王国ダンジョン駐留部隊の指揮官・ファイドル将軍――先日代将から昇進――である。そして、その忿懣(ふんまん)を神妙に聞いているのは、これも同日付で昇進――両名とも任地は据え置き――した副官であった。



「しかし――だ。浅学(せんがく)にして蒙昧(もうまい)なこの(わし)仄聞(そくぶん)した限りでは、そういった快適性(アメニティ)はダンジョンのモンスターのために用意されるもので、冒険者など侵入者の()(ごう)(おもんぱか)ったものではない(・・)筈だ」



 ――一般的な見解としては確かに正しい。ただ、「災厄の岩窟」とそこのダンジョンマスターが、〝一般的〟の(はん)(ちゅう)から外れているだけだ。



「そこで問題だが、このダンジョンに出没するモンスターは基本的にゴーレムだ。改めて訊くが、ゴーレムというのは人間と同様の、快不快の感覚を持っているものなのか?」

「さて……」



 ①ダンジョンの環境は、そこに棲息するダンジョンモンスターにとって好適な条件になっている。

 ②「災厄の岩窟」の環境は、人間にとって好適な範囲に収まっている。


 この二つの前提から導き出される仮説の一つは、〝ダンジョンモンスター――この場合はゴーレム――の快不快の感覚は、人間のそれと概ね一致している〟というものである。副官が求められているのは、この仮説を検証するための意見であろう。



「小官はゴーレムについて詳しい訳ではありませんが……寒いと潤滑油が凍るというような可能性ならあるのでは?」



 ――副官の仮説は、小馬鹿にしたような鼻息によって迎えられた。



「『災厄の岩窟』攻略の初期に、兵士があのチビコロゴーレムの腕を切り落とした事がある。その時にあのゴーレムが黄金製と判った訳だが、潤滑油については何の報告も無かった」



 第一の仮説が棄却されたと認めた副官は、次に――自分でもあまり信じていない――怪しげな代替説を提出する。



「では……『災厄の岩窟』のゴーレムは、(かつ)て人間であったものが黄金のゴーレムに変えられたのだという怪説が持ち出された事があります。人間だった頃の記憶に囚われて、ゴーレムの活動性……或いはそのモチベーションが影響を受けているという可能性は如何(いかが)です?」



 ――この仮説は、前回を上回る鼻嵐によって迎えられた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新ありがとうございます。 「鼻嵐」面白い言葉だなと思いました。 実際にある言葉なのですね。勉強になりました。
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