第二百七十四章 ダンジョン乱麻譚~第一幕~ 5.〝サウランド・ダンジョン(仮称)〟
「確かマナステラの『スタンピード(仮)』じゃ、モンスターどもが古巣へ戻る様子が観察されたよな? ウォーレン」
「マナステラの冒険者ギルドからは、そういう報告が追加で届いています」
マナステラでモンスターの集団疎開を制止したクロウは、新たに自分が「百魔の洞窟」の主となる事を決め、モンスターたちには目立たぬように古巣へ戻るよう指示を出していた。その様子が、事態を訝って観察を続けていた、マナステラの冒険者に目撃されていたのである。
ここで重要なのは、マナステラにおいて〝集団で外に現れた〟モンスターは、その足で歩いて古巣に戻ったという事である――クロウのダンジョン転移によらずに。
「Ⅹの野郎が怪しげなスキルでモンスターを消したんじゃなくて……」
「マナステラの場合と同じように、三々五々に散って戻った可能性も出て来たという事ですね」
「その場合、モンスターどもが舞い戻る先ってなぁ……」
「えぇ。遙か離れた『ピット』よりも、手近な場所にある〝未知のダンジョン〟。その可能性は無視できません」
「サウランドの近くに、未発見のダンジョンがあるってのか……」
頭の痛くなるような話を聞かされて、ローバー将軍は実際に頭を抱えたが、
「ですが――そのダンジョンが実在するとしても、これまで何の動きも見せてこなかったのも事実です……テオドラム兵の襲撃を別にして」
「……脅威度は高くねぇってのか?」
「と言うより、有るか無いかも未確定な『ダンジョン』の、脅威度を云々するのが無理というものでしょう」
――至言である。
「んじゃ何か? そのダンジョンの実在を確かめるのが先って事か?」
「それもありますが……モルファンの王女殿下がお越しになっている現在、敢えてダンジョンの脅威を論うのは、外交上どうなんでしょうか?」
「あ……」
「そいつがあったかよ……」
思わず顔を顰める一同に向かって、ウォーレン卿は指摘を続ける。
「国境の森はそこそこに広い……と言うより長いですから、それなりのモンスターが棲息していてもおかしくはありません」
「……態々ダンジョンを持ち出す必要は無ぇって事か」
「事件当時に妙な『霧』が発生していたとの噂もありますから、完全に偶発的なものと言い切るのは危険でしょうが……それはそれで別に一考する必要があります」
「……裏にいるのがⅩだとすると、こっちに敵対する可能性は低いって事だな?」
「念のために調査は必要でしょうが」
ふむ――と考え込む三人に向かって、ウォーレン卿はもう一つの策――悪知恵とも言う――を開陳する。
「……この話をテオドラムの出稼ぎ人どもに流すだと?」
「原因が『ピット』であろうと、或いはサウランドの〝未知のダンジョン〟であろうと、現地の農民たちの危機感が減るとは思えません。なのでそれを巧く煽ってやれば、テオドラムの北街道延伸工事を遅らせる事ができるかもしれません」
「お前ってやつは……こういう嫌がらせは得意だよな」
「Ⅹには遠く及ばないような気がしますが」
それはどうだろう?――と言いたげな三人であったが、今はそれより向後の方針である。
「……噂を流すという事は、一応はマーカスにも話を通しておいた方が良かろうの」
「うむ。話を真に受けて混乱しても気の毒であるからな」
拙作「ぼくたちのマヨヒガ」、本日21時に更新の予定です。宜しければこちらもご笑覧下さい。




