第二百七十四章 ダンジョン乱麻譚~第一幕~ 3.テオドラム北街道整備計画の不審
〝ややこしい話=自分たちに面倒が降りかかってくる話〟だと正確に見抜いた軍人二人が、ウンザリとした表情を見せるのも意に介さず、宰相は無情に話を続けていく。
「そう遠くない将来、テオドラムが北街道の延伸工事に着手する……という噂は聞いた事があろう?」
「マルクトからニルへの街道を整備するのに続けて、ニルからグレゴーラムへの街道を整備するという、あれですか?」
「ですがね宰相閣下、その前段階のマルクトからニルまでの工事すら、近々始まろうかってとこなんですぜ。幾ら何でも気が早いんじゃありませんかぃ?」
訝りの念を隠そうともしない軍人二人に、宰相も頷いて同意を示す。
「儂とてそれには同意するし、恐らくはテオドラムめも同じであろうよ。じゃが、今問題になっておるのは、近い将来その〝工事〟に応召するであろう筈の民、その反応なのじゃて」
「……何か問題でもあったってんで?」
「……ひょっとして、反応が鈍いとか?」
〝うむ〟――と重々しく頷いた宰相が、話を続けて言うのには、
「テオドラム当局と言うよりも、働き手の筈の農民たちが及び腰になっているようじゃ。……少なくとも、リーロットに出稼ぎに来ておる者たちの話では、の」
その理由として宰相が挙げたのが、嘗てグレゴーラムの駐留兵が越境盗伐に及ぼうとして、クロウの差し向けたモンスターに粉砕された、その一件であった。
「そう言えば、そんな話もありましたね……」
「うむ。それで農民たちは、今度は自分たちが襲われるのではないかと危惧しておる……らしい」
「「あー……」」
整備予定の北街道は、紛う事無くテオドラムの領内であるとは言え、そんな道理がモンスターに通用するものか。事実グレゴーラムの兵士たちは、国境の森に近付いただけ――註.グレゴーラムの「鷹」連隊による公式発表――で襲われたではないか。自分たちが大人数で国境の森に近付いて、襲われないという保証がどこにある。
これで「鷹」連隊が正直に己が非を認めていれば違ったのだろうが、保身のために事実を曲げた公式発表のせいで、〝国境の森のモンスターは、国境の手前に近付いただけで襲って来る〟というのが「国の公式見解」となっている。その見解を信じるならば、工事のために否応無く国境に近付かざるを得ない自分たちも、危険に曝されるという事ではないか。誰が募集に応じるものか。
「確か……あの時襲って来たのが『ピット』のモンスターだとか……そんな話じゃなかったか? ウォーレン」
「そういう噂が出ていたらしいとの報告は受けています。ただ、事実かどうかの確認は取れていません」
「へっ。そんな確認、テオドラムの連中だって取れてやしねぇだろうよ。……その話がテオドラムの国民にも漏れてるってんですかぃ?」
「少なくとも、そういう懸念は抱いておるようじゃ。……信じておるかどうかは別として、の」
襲撃して来たモンスターが「ピット」のそれに似ている云々という、問題の報告を上げたのはグレゴーラムの「鷹」連隊。何としても不始末を糊塗したい筈の彼らから上げられた報告というだけで、眉に確りと唾付けて聞く必要がありそうだ。
ただ――事が「ピット」の仕業だとすると、その背後にはⅩことクロウの影がちらつく。軍人二人にとっては納得がいくのも事実である。




