第二百七十三章 エルギン 6.エルギン領主館~王女殿下歓迎パーティ~(その2)
エッジアン・ファッションを纏った夫人と令嬢の働きや良しと見て取ったのか、ここでホルベック卿は更なるカードを切ってのけた。
ユージン染めはものによっては年単位の手間がかかるため、この場でお渡しできないのは村人共々慚愧の至りであるが――と前置きした後に、
「実は、エッジ村より預かっているものがございます」
そう言ってホルベック卿が王女に手渡したのは、草木染めしたネッカチーフの詰め合わせであった。
友禅染めほど手の込んだ柄ではなく、絞り染めや型染めの小紋などが中心ではあったが、それでも紋様の単なる反復ではなく、
(色の濃淡や紋の大きさで階調を生み出してるのかぁ……芸が細かいわね。モルファンのドレスとは違って、淡い色合いのものが多いし……)
アナスタシア王女が平素目にしていたドレスというものは、とにかく高価な生地に煌びやかな飾りをゴテゴテと取り付けたものが主流であった。そしてそのようなドレスが着られる場というのは大抵が夜会であり、人工的な照明の下で鑑賞される事になる。そのせいか生地の色も、赤や紫・青といった原色系の濃くはっきりした、そして重厚な雰囲気を醸し出すものが選ばれる事が多かった。
翻って、上流階級のご婦人方が昼間に着るアフタヌーンドレスの場合、イブニングドレスとは対照的に肌の露出を抑えた派手過ぎない色・デザインのものとなるため、エッジ村風ファッションと一脈通じるものがあった。
――ただし、ここでモルファンの気候条件が問題となる。
イラストリアより北方に位置するモルファンでは、薄手のアフタヌーンドレスを纏える期間は長くない。なのでドレス自体を稍厚手の生地で仕立てるか、上に防寒用のケープを羽織る事が多く、暖色系の色彩が好まれる傾向にあった。
どこか軽やかさを感じさせるエッジ村風デザインとは、似ているようで微妙にズレていたのである。
ならば庶民の場合はどうかと言うと、衣服というのは基本的に高価なものであるからして、そう何度も買い換えるような事は無い。擦り切れようが穴が開こうが、或いは色が褪せたり落ちたりしようが、文句を言わずに着続けるのが基本であった。ゆえに、そう易々と色褪せ・色落ちしないような濃色の生地が主流であった。
長年の間に生地の色が薄くなる事は珍しくないが、それは飽くまで色褪せ・色落ちの結果であって、最初から淡色なのとは訳が違う。
――とまぁ、ホルベック卿が手渡したエッジ村風チーフのセットは、王女一行にちょっとしたカルチャーショックを与えていた。
何よりも、これらのエッジ村風デザインはノンヒュームがもたらしたものではなく、エルギン領内の村民が自分たちで生み出した――註.一般的にはそう見られている――ものであるという事が、王女一行の心底を揺さぶったのであった。
地拵えは充分と見て取ったのか、ここでホルベック卿は二枚目のカードを切る。
「エッジ村の者からはもう一つ、これも預かっております」
「え……? これは……?」
そう言ってホルベック卿が王女に手渡したのは、友禅染めの見本帳……これまでに作ってきた柄を線画に落としたものであった。
もの問いたげな王女の視線を受けて、ホルベック卿が口を開く。
「村の者から言伝がございます。一朝一夕にという訳には参りませんが、お望みの柄を指定して戴ければ、大物でなければ二年以内にお届けする用意がある……然様に託かっております」
エルギンとエッジ村渾身の、そして他では真似のできない、取って置きの切り札であった。




