第二百七十三章 エルギン 5.エルギン領主館~王女殿下歓迎パーティ~(その1)
エルギンに到着して二日目の晩、領主館ではモルファンの王女一行を歓迎する晩餐会が開かれていた。
到着日の昨日でなかったのは、疲れているであろう王女一行にゆっくりと休んでもらおうとのホルベック卿の配慮によるもので、王女一行はその気遣いに甚く感謝していた。
そして今日、ホルベック卿の心遣いによって充分に回復した一行の気力は、ノンヒュームのお膝元――ホルベック卿を差し置いた無礼な言い方ではあるが、心情的にピッタリくるのも事実――とも言うべきここエルギンでの晩餐会に、心をときめかせるだけの余裕を与えていたのだが……
「ようこそお出でくださいました。エルギンはモルファン王女アナスタシア殿下を心より歓迎致します。心ばかりの粗餐を用意させて戴きました。旅のお慰めとなりましたら幸いでございます」
ホストであるホルベック卿がそう挨拶すると、傍らにいた二人の女性も慎み深く頭を下げる。
「……あぁ、紹介が遅れました。家内と娘にございます」
柔やかな笑みを浮かべて王女一行を迎えたホルベック卿の夫人と令嬢。彼女たちがその身に纏うのは――
(あれが噂の「エッジアン・ドレス」なのね……)
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さて、王女アナスタシアをはじめとするモルファン一行、就中その女性陣をして瞠目せしめた「エッジ村風・ドレス」であったが……実は幾つかの事情から、その御披露目のスケジュールは変更を余儀無くされていた。原因を作ったのはモルファンである。
モルファン外務部の無自覚のやらかしによって道路整備の人手が不如意となり、それがためにイラストリア訪問のスケジュールまでが定まらなくなった……だけではなく、当初予定に較べて少なからぬ遅延を引き起こした件については既に述べた。
そして――モルファン側の訪問スケジュールが決まらない事には、イラストリア側の歓迎スケジュールも決まらない訳で……早い話が、他ならぬエルギン領主ホルベック卿も、迂闊に領地を離れる事ができなくなったのである。
モルファン側から漸う連絡があったのが先月の末、しかも〝ノンヒューム連絡会議との非公式な顔見せの仲介をしてもらえないか〟――との打診付きであった。
エルギンでモルファン王女の一行を迎え、そしてノンヒューム連絡協議会との非公式な会見を取り持つとなると、領主であるホルベック卿がエルギンを離れる訳にはいかない。のみならず、そのための根回しにどれだけ時間を要するか判らない。
王都で行なわれる陞爵式典への参加など、何をか言わんやである。
式典の立役者たるホルベック卿不参加の報せに国王府は頭を抱えたが……式典への参加者は他にもいる。相前後してモルファン王女の歓迎パーティが開かれるのは決まっているし、式典の参加者がパーティに参加するのもまず間違い無いのだから、彼らに二度手間を強いるのは酷ではないかとの意見が出され、それもそうだと衆議が一決。だったら寧ろ陞爵式典も、歓迎パーティと時を同じくして開催した方が面倒が無いだろうという事になる。
結果としてホルベック卿夫妻は、エルギンでの用事を済ませた後、王女一行の跡を追うようにして王都に向かうという事に決まった。
斯様な事情から、エルギンにおける王女の歓迎パーティには新規誂えのドレスを纏い、王都での王女歓迎パーティにはそのドレスにエッジアン・クロスを合わせたもの、そして陞爵式典には前回のドレスにエッジアン・クロスを合わせたものを……というように着回しの順番が決まる。
一度着たドレスを着回すなど、本来なら領主夫人として忸怩たる思いを抱きかねないのだが、そこはそれ。元々「エッジアン・ファッション」自体が、〝既存のドレスの上に一枚布を纏う事で、別物のような印象を与える〟事を主旨としているのだから、寧ろ着回しを見せる事は、エッジアン・ファッションの宣伝になるというものだ。
――と、こんな感じでドレスの着用順序が決まり、今現在王女一行にお披露目しているのは、新作ではあるが上掛けを纏っていないドレスである。
そしてそれは言い換えると、エッジアン・ドレスの真骨頂ではないという事でもあった。
しかし――それでもなお、エッジアン・クロスの華とも言うべき友禅染めの新奇さは、王女一行の目を惹き付けて離さなかったのである。




