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第二百七十三章 エルギン 4.エルギン領主館~仕組まれた「偶然」~

 エルギンに着いた翌日、モルファン王国第三王女アナスタシアは、侍女であるミランダに(いざな)われて、エルギン領主館のパントリーを訪れていた。

 何で王女である自分が態々(わざわざ)パントリーなどに足を運ばねばならないのか――という疑問もあるが、有能な侍女(ミランダ)がそう言うからには、何か事情があるのだろう。そう呑み込んでパントリーの扉を開けると、何かを届けに来たらしい男たちと顔を合わせる事になった。

 先方が黙礼してきたので、こちらも黙って答礼する。それで用事は済んだらしい。


 自室へ戻ったアナスタシア王女は、



「ねぇミランダ、さっきの一幕には一体何の意味があったの?」



 問われた侍女はこう返す。



「彼らはノンヒューム連絡会議事務局の者たちでございます」



・・・・・・・・



 〝モルファン王国第三王女とノンヒューム連絡会議事務局のメンバーが、非公式にチラリと互いの姿を見せ合うだけ〟――などという掴みどころの無い要望を、丸投げ宜しくイラストリア国王府から届けられた連絡会議事務局とクロウは、揃って頭を抱える羽目になった。この件についてはエルギン領主ホルベック卿にも通達が行っている筈だが、そちらからはウンともスンとも言って来ない。……という事は、ホルベック卿も思案に困って、こちらに丸投げする(はら)なのだろう。


 当初クロウは〝「歓迎、モルファン王女ご一行様」という垂れ幕でも()げて、沿道に並んでいればいいんじゃないか〟――と提案したのだが、どうやらそれは駄目らしい。ノンヒュームがモルファンを殊更(ことさら)に歓迎するような形となるのは、イラストリア王国の(メン)()を潰す事になりかねず、両国にとって好ましくないそうだ。

 それを聞いたクロウは、



「つまり……余人の目の無い場所でか、少なくとも余人の注意を惹かない形で、顔合わせを済ませる必要がある訳だな?」



 ――正確に問題の要諦を把握していた。


 そして、問題の本質が明らかになれば、その解決策を案出するのは、作家(クリエイター)を本業とするクロウには難しくなかった。 

 (しば)しの熟考の後にクロウが提案したのは、以下の二つの素案である。


 ①エルギンではなくシアカスターの菓子店「コンフィズリー アンバー」で偶然(・・)すれ違い、後で店員に素性を教えてもらう。


 ②王女一行が滞在するエルギンの領主館に何かの用事――例えば届け物とか――で訪れたところを、王女が偶然(・・)に目撃する。



「成る程、それなら……」

「王国側が言ってきた、ややこしい条件を満たしてるか」



 即座に王国およびホルベック卿に連絡を取り、(しばら)くの間外交暗号が飛び交った後に②案が採用され、今回実施の運びとなった訳であった。



・・・・・・・・



「ふぅん、そういう事なんだ」

「はい。彼らはノンヒュームたちに伝わる特産品を持って来てくれたのです。お嬢様のお口に合うかどうかは判らないが――と、前置きして」

「え? 口に合う……って、食べるもの?」

「はい」



 ここで連絡会議事務局が切ったカードというのが、〝植物性の凝乳酵素を用いて、堅果(ナッツ)から造ったチーズ〟という個性的な色物……代物であった。


 以前にも少し触れたが、モルファンでは酪農もそれなりに盛んであったものの、チーズだけはあまり造られていなかった。

 何しろ、こちらの世界で――少なくともこの辺りで――一般的なチーズの作り方と言えば、生まれて間も無い仔牛や仔山羊を(ほふ)り、その第四胃から取り出した凝乳酵素(レンネット)で乳を固めるというもの。寒冷な気候の故に家畜の価値が高いモルファンでは、おいそれと受け容れがたい事情があった。

 パパイヤやイチジクなどの植物から採れる凝乳酵素もあるのだが、北国モルファンではこういった植物の入手は難しいため、その技法自体が知られていなかったのである。


 そういった国情を――(おぼろ)()にとは言え――察知した連絡会議の面々が、話のタネぐらいにはなるのではないかと、試験的な提供を決めたのである。


 この「ナッツチーズ」については既にイラストリアにも提案しているのだが、今回のこれこそが絶好の機会という事で、一足早く提供する事になったのである。


 ちなみにこういった献上品の場合〝誰から誰へ〟というのが重要になるのだが、そこは敢えてふわっとした形に抑えている。

 (くだん)のチーズを献上したのがノンヒュームなのか、ノンヒュームからの献上品をイラストリア王国が提供したのか、それともノンヒュームとイラストリア王国が共同でモルファンの王女に供与したのか……などと、下手に突き詰めたらややこしい事になるので、その辺りについてはカッチリ決めない方がベターであるとの国際外交的な判断であった。



「本日の晩餐会で供されると伺っております」

「それは楽しみね」

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