第二百七十二章 珍客現る 5.珍品現る(その4)
語り終えたハーコート卿が得意げに一同を見回すと、ほぅっという溜息が漏れるのが聞こえた……クロウを含めた三人の口から。
論旨が拠って立つところの証拠が贋物という不備はあるが、論理の展開そのものは説得力があるし、実際に事実に即している可能性だって無い訳ではない。瓢箪から駒で〝ノンヒュームと人族が共存していた証〟などを導き出してしまったクロウとしては、殊にその思いが強い。それに何より……
(〝ドワーフの作風を真似た酒盃〟というのは、エメンたちがお手本にした現物が実在するしな。ハーコート卿の想像というのも、案外当たっているかもしれん)
そう言えば、件の〝お手本〟はどうしたのだったか。確かアバンでドロップさせたような気がするが……その後は一体どうなったのか。出来る事なら確かめておいた方が良いだろうか……
……などというクロウの思索を破るかのように、
「ハーコート卿、卿がお持ちのその酒盃というのは、他に類を見ないものなのですか?」
質問を放ったのはロイル卿であった。
祖国マナステラで進行中のデータベース整備計画の事は知らされていないようだが、〝ドワーフの作風を取り入れた酒盃〟というものには、何やら心惹かれるものを感じたらしい。中々に端倪すべからざる感性は、さすがにあの「迷姫」リスベット嬢の父親だけの事はあると言えそうだ。
「いや、これほどはっきりとはしていないが、古い時代のものの中には、曖昧なものは割とある」
「曖昧と言うと……」
代表して問いを重ねたのはロイル卿であったが、その疑問はクロウもルパも、そしてパートリッジ卿も同じであったらしい。一体何が〝曖昧〟だというのだ?
「あぁ、つまりドワーフやエルフの作に似ているが、実際にそうなのかどうかが曖昧という意味だ。斯界では能く知られた話らしい。……その筋に詳しい者から教えてもらったのだがね」
〝ほほぉ?〟――とばかりに意味ありげな視線を投げかけたのは、パートリッジ卿とクロウである。〝その筋に詳しい者〟というのはどういう者だ? ひょっとして〝贋作に詳しい者〟という意味か? それはつまり……?
「いや、誤解してもらっては困るのだが、別に後ろ暗いところがある訳ではない」
ハーコート卿は力説しているが、弁舌の合間々々に目が泳いでいるところを見ると、件の人物も全くのシロという訳ではないようだ。
それはそれは、好い事を聞いた……と、密かに北叟笑んでいるのはパートリッジ卿とクロウ。
シャルド古代遺跡出土品のレプリカをどこに発注したものかと思案していたが、お誂え向きのタイミングでお誂え向きの人材が飛び込んで来たようだ。訊問と勧誘についてはパートリッジ卿に任せるとして、
(……ハーコート卿か。先日話題に上った〝アラドの骨董事情を能く知る人物〟という要求に合致していなくもないか。……下手に手を出すと面倒臭そうだが、レプリカ計画に引き込むんならコネを作る事もできそうだし、候補に入れておく必要はあるかもな)
――などと思案を巡らせつつも、
(……とは言え、俺はそろそろ戻らなくちゃならんし、以後の策動は御前に任せるしか無いな)
そう考えているクロウなのであった。




