第二百七十二章 珍客現る 1.珍客現る
三月も終わりに近付き、そろそろクロウがバンクスを離れる日も近くなってきた頃、パートリッジ卿の許を珍しい客人が訪れていた。
「また、妙な時に妙な客が現れたもんじゃのぅ」
「妙な客は無いだろう。妙な時というのは否定せんが」
屋敷の主人パートリッジ卿と軽口を叩き合っているのは、卿の旧友にして道楽者のパトリック・ハーコート卿。シャルド封印遺跡の発掘に、最初期から関わっていた人物であった。
「避寒がてらアムルファンからヴォルダヴァン、モルヴァニアと廻っていたんだがな、そこで少しばかり面白いものを手に入れたんで、お前に見せてやろうと思って飛んで来た」
飛竜をチャーターまでして文字どおり飛んで来たのだと聞いて、これはさぞや面白い話が聞けそうだと、心密かに胸を躍らせるパートリッジ卿。
「ほぉ、それは楽しみじゃの。使いを出しておいたから、おっつけルーパート君とクロウ君もやって来るじゃろう。手柄話とやらはその席で聴こうかの」
「クロウ君というと、あの青年か。異国からやって来たという絵師の」
付き合いが深い訳ではないが、ハーコート卿もクロウの事は能く憶えている。何しろ卿が持っていた「災厄の岩窟」のスケッチからその姿をありありと、まるで目にした事があるかのように(笑)描き出してくれた才人であり、更には――今や伝説となった――古酒を、最初期に調達して飲ませてくれた相手なのだ。忘れる事などできようか。
ここバンクスに来ればひょっとしたら――という思いはあったが、実際に対面できるとなると、やはりこれは欣快事であると言わざるを得ない。
「おぉ、そうじゃ。実はマナステラから知り合いが来ておってな。好い機会じゃから引き合わせておこうかの」
パートリッジ卿が言う知り合いというのは無論、マンフレッド・ラディヤード・ロイル卿とその家族を指している。ロイル卿は――色々とややこしいアレコレはあるが、要約すると――イラストリア王国内にコネを作る事を本国から命ぜられている。ハーコート卿も一応はイラストリアの貴族であるし、封印遺跡の発掘に関わったという実績もある。役に立つかどうかは知らないが、マナステラ向けの成果にはなるだろう。
一方のハーコート卿にしても、マナステラの貴族と繋がりを持てる事が、不利益になるとは思えない。況してハーコート卿は、貴族の間で道楽者の烙印を押される程に、骨董集めにのめり込んでいるのだ。マナステラの貴族とのコネなど垂涎の的であろう。
そう思ってハーコート卿に水を向けてみたら案の定、
「ほぉ、マナステラの貴族だと? それは願ってもない話だな」
――斯くして舞台は整った。




