第二百七十一章 アラドを巡って 7.イラストリア
「イスラファンの次はモルヴァニアですかい? 一体何があったってんで?」
イラストリア王城の国王執務室、不機嫌と当惑を綯い交ぜにした声を上げているのは、ご存知ローバー将軍である。言葉の端々から察するに、「緑の標」修道会との仲介を頼む、モルヴァニアからの書信が届いたらしい。
宰相からその旨を説明されたローバー将軍は、お手上げといった様子で匙を投げる。
「んな事言ってもその〝修道会〟って連中、王国とは何の繋がりもありませんぜ? ありゃノンヒューム以上に他人でしょうよ」
純然たる民間の宗教団体を、リーロット当局が一時的に雇傭しているだけだ。そこにイラストリア王国の介在する余地は無い。
「況して、自主独立の気風の強い南部ですからねぇ。まぁ、頼めば口を利くぐらいの事はしてくれるでしょうが……」
「一応監視は付けておるのじゃろう?」
「修道会に――ってんじゃなく、リーロットの町に、ですがね。おかしなやつらにゃ違いありませんが、別におかしな真似はしてねぇようですな。粛々と庭仕事に励んでるみてぇで」
「ふむ……こちらの手の者に接触させる……というのは悪手なんじゃろうの?」
念のためといった様子で宰相が問いかけるが、将軍の返答は愛想も素っ気も無いものであった。
「潜入させてる者の正体が割れるような真似は、謹んでご遠慮申し上げたいですな。よっぽどの理由があれば別ですがね」
「む……」
何かと反抗的な南部貴族に借りを作りたくない……というのは、〝よっぽどの理由〟には当たるまい。宰相も顰め面で口を噤む。
「やはりここは正規の手順で……と言うか、リーロット当局に頼むしか無いでしょう。どうやらモルヴァニアも急いでいるようですし」
余計な工作をやっている猶予は無いと、ウォーレン卿が然り気無く主張する。
「けどよウォーレン、幾らモルヴァニアが急いでるったって、リーロットが修道会のやつらを手放すか?」
疑わしげな将軍の言葉には、ウォーレン卿よりも先に宰相が応じた。
「ふむ……新年祭は過ぎたとは言え、或る意味本命の五月祭はもう目前。そのための準備が酣となっておる筈の今、緑化の要たる修道会を手放すとは……思えんな」
「でしょ。端っから無理な相談ってやつですぜ」
「ま、その辺りのところはモルヴァニアも解っておるようでな。せめて書面での助言が欲しいと言うてきておる」
これにはさしもの将軍も驚かされたようで、
「書面ですかい……それでも構わねぇって言ってくる辺り、モルヴァニアも結構、切羽詰まってるようですな」
頃合い良しとみたのか、それまで傍観者に徹していた国王が、
「まぁ、それくらいなら修道会も、そしてリーロットも否やは言うまい。取り次いでやるくらいは構わぬのではないか?」
――と宣った事で、王国としての方針が決まった。




