第三十九章 考古学者 3.作画作業
本章最終話です。
時間的な余裕が無いということで、パートリッジ卿の依頼を受けた翌日から詳細な打ち合わせに入った。
どの向きの絵を描くのか、どの角度で描くのか、全形を描くのか一部を拡大するのか、陰影を強調する必要はあるのか、着彩を考えた原画にするのか、等々、事前に決めておくべき事が多いのに、卿もいささか閉口したようであった。
一点一点についてそれらの打ち合わせが終わると、クロウは直ちに下描きに入った。各々について二~三枚のラフスケッチを描き、最終的な構図を決めてもらう。それが済んでようやく本描きに入る事ができる。面倒であっても、クロウはこの過程で手抜きをするつもりは微塵も無かった。
最初の一点を描き始めると、同じく絵を嗜む者としての興味からか、パートリッジ卿はしばらく作業を眺めていたが、作画の邪魔になる事を懸念したのかやがて静かに退室した。クロウはその事にも気がつかず、一心に作画を進めていく。最初の一枚がほぼ完成したのはもう暗くなってから。部屋にはいつの間にか灯りが点っていた。クロウは誰かが入って来て灯りを点した事にすら気づかないほど集中していたのである。
「御前、一枚目があらかた描き上がりましたので、お目をお通し下さい」
「……もう描けたのかね?」
「まだ完全じゃありませんが、大体の印象は掴めるかと」
クロウはそう言って一枚目の原画を差し出す。
「……見事だ。それしか言えん」
「ご異存がなければ先に他の作画に取りかかります。最終的な加筆までには少し頭を冷やす時間が欲しいので」
「作画は君の領分だ。君のやりたいようにやってくれて構わんよ」
パートリッジ卿の勧めもあって、結局は卿と夕食の席をともにする事になった。考古学への造詣が深いパートリッジ卿との会食は楽しく、興味を引かれる話を幾つも聞く事ができた。
クロウは夕食の礼を言って、屋敷を後にした。
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その後は一日に二~三枚のペースで作画を進め、二週間ほどで十五点、どうにか最終的な加筆まで済ませる事ができた。仕上がった原画を引き渡して謝礼――原画一枚当たり金貨一枚――を受け取った。ルパのところと同額である。クロウはこれくらいが妥当な値段なのかと思っているが、実は平均的な画料よりもかなり高い。科学的な細密画を描くというクロウの技術がそれだけ高く評価されたためである。
その日の夕食――卿と夕食の席をともにするのは結局定例になった――の席で、クロウは興味深い情報を得る事ができた。
「王国が近々シャルド遺跡の再発掘に動くと?」
「再発掘と言うても同じ場所を掘るわけではなく、広い範囲を試掘するようじゃがな。本格的に掘る前に、発掘場所の見当をつけるつもりじゃろう」
「御前も参加なさるので?」
「いや、今回は話が来なんだ。まぁ、いつまでも隣国の貴族がしゃしゃり出るのもどうかと思うしの」
「国軍の兵士が調査に当たるとの事でしたが、この国の考古学者は関わらないのですか?」
「現段階ではな。恐らくは経費節約のためじゃろう。学者を雇うと何かと大仰になるでのう。その点兵士なら安く動かせるからじゃろう」
クロウにはそれだけが理由ではないように思われたが、余計な事を言わずに黙っておく。
「クロウ君はもうすぐこの町を離れるのじゃろう? どこへ向かうかは決まっておるのかね?」
「いえ、特には。ここに来る前にいたエルギン領へ戻ってもいいのですが、折角なので少し他を廻ってみるのもいいかなと」
「ふむ。出立の日が決まったら教えてくれ。見送りくらいはしたいでのぅ」
もう一話投稿します。




