第二百七十一章 アラドを巡って 6.モルヴァニア【地図あり】
さて――ひょんな巡り合わせとおかしな誤解からアラドを注視していたモルヴァニアであったが、ここへ来て更に彼らの誤解に燃料を注ぐような事態が出来していた。
レンドとスキットルの二人のアラド訪問、そしてそれに続くカイトたちのアラド来訪である。
――読者は憶えておいでであろうか。
過日モルヴァニアの国務会議において交わされた会話の事を。
〝仮定の話になるんだが……アラドの状況を見てテオドラムが行動を控えたとして、だ〟
〝うん?〟
〝何か問題があるのか?〟
〝いや……その場合、テオドラムはアラドの様子を探ろうと、密偵を送って来るのではないか?〟
……もうお解りであろう。
アラドを訪れたレンドとスキレットの二人組、そしてそれに続くカイトたちの一行を、モルヴァニア上層部はテオドラムの密偵だと誤解したのである。
まぁ実際に、アラドの状況を目立たないように調べに来たのは間違い無いから、その意味では「密偵」と呼べない事も無い。違っているのは――
・所属はテオドラムではない。
・調べているのはアバンのドロップ品の状況であって、アラドにおけるモルヴァニアの動向などではない。
しかし生憎な事に、彼らの何れもが――それぞれの事情から――アラドの商業ギルドに立ち寄らなかった。
これが誤解のタネとなった。商品の物流を調べるのであれば、商業ギルドを訪れるのが当然ではないか? ……極めて常識的、かつ筋の通った疑問である。
二つ目の不幸な偶然(笑)は、彼らがそれとなく、アラドの町を訪れる行商人の動向を調査した事であった。彼らの目的からすれば当然の事なのだが……
〝……口の軽い行商人が、国内に出入りするのを嫌ったか?〟
〝と言う事はつまり、何か漏らされては拙い事があるのだろう〟
〝それも、ウォルトラムの近くで――な〟
……などという誤解をテオドラムに対して抱いているモルヴァニア上層部の目から見ると、この行動も怪しく思われてくる。
機密情報を目撃した行商人を手分けして捜している……そうとしか思えないではないか。
更に駄目押しとなったのが、彼らが帰った方向である。
彼らはそれぞれの事情から、アバンに向かって帰路を取ったのだが……
アラドからアバンに向かう道は、途中でウォルトラムへ向かう道と分岐している。つまり……彼らがテオドラムに帰国したのだと誤解される根拠は充分にあった。
「一つ一つは根拠薄弱かもしれんが……それが三つも揃ったとなると……」
「うむ、テオドラムめの密偵と見て間違いあるまい」
――大間違いである。
「しかし……密偵の来るのが想定より早かったのが気になるな」
「うむ……」
「まさか……街道緑化の計画が漏れた……のか?」
「いや。密偵どもは備蓄資材には目もくれなかったようだ。少なくとも、資材置き場の周辺でその姿が確認されてはおらん」
「やつらが何のためにやって来たのかというと……」
「目撃者と覚しき行商人の捜索――か」
――違う。
レンドとスキレットの二人組も、カイトたちの一行も、それぞれに行商人の動きを調べていたのは事実だが、彼らが調べていたのは飽くまでも、「(不特定多数の)行商人たちの動き」であって、特定の行商人の足跡ではない。……と言うか、そんな〝特定の行商人〟など存在しない。
なので――
「だが……やつらはその行商人の確保に失敗したようだぞ? それらしき行動は確認されておらん」
「ついでに言うと、不自然な屍体も凶行の現場らしき場所も確認されていない――な」
「つまり……」
「重要な生き証人はまだ無事……という事か?」
「できればこちらの手で確保しておきたいな……」
……といった次第で、哀れモルヴァニアの実働部隊は、いもしない「行商人」探しに駆り出される事となった。
これだけでも大概な話なのだが、誤解の玉突きはそれだけに留まらず、
「しかし……街道緑化の準備が、テオドラムの密偵に見られた可能性は無視できんな」
「うむ。予定よりは大分早いが……ここは計画を前倒しして進めるしか無いだろう」
「しかし……前倒しとは言っても、肝心の『修道会』はどうするのだ? まだイラストリアに打診すらしていないのだぞ?」
「即時の派遣は難しいだろうが……何とかアドバイスだけでも貰えんものか、誠心誠意に頼んでみるしかあるまい」
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