第二百七十一章 アラドを巡って 5.クロウ(その3)
そういう苦しい板挟みの事情はクロウたちには解らなかったが、少なくとも〝アバンのアクセサリーがマナステラの気を惹きそう〟だという事と、〝自分たちで直接アクセサリーの現物を入手するのは躊躇っている〟事は理解できた。
つまり――二人にはアバンアクセサリーの情報だけを持ち帰ってもらう。
『という事で、今回ドロップさせるのはアクセサリー以外のものとなった訳だ』
『それだったら、上手くすると話題がアラドの状況に転がるかもしれませんね』
アラドの状況についてはクロウたちとしても知りたいところなので、そうなれば万々歳という事になる。
そうなると、話の展開から生じる必然の帰結として――
『今直ぐに用意できるドロップ品で、アクセサリー以外のものはあるか?』
――というクロウの問いが、担当者たちに向けられる。
『いや……直ぐって言われると……』
『あ……けど、以前製作のお手本に使った酒盃、あれなら流してもいいような……』
『あー……あまり出来の良いもんじゃなかったしな。罅や欠けも所々あったし』
どうやらサルベージ品の中に、あまりハンスの執着を惹かないものがあったらしい。エメンがドロップ品を作る際に、デザイン面でのお手本にしたようだが、今はその役目も終えたとして、お役御免になりそうな気配である。
『ま、傷んでるところはあっしが直しておきまさぁ』
『ふむ。酒盃なら前にも出したから大丈夫だろう』
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……勘の良い向きは薄々お察しの事と思うが、無論〝大丈夫〟などではなかった。
ハンスとエメンが推薦してきた酒盃とは、実は〝ドワーフの作風を模倣した模作〟であったのである。
ハンスとエメンにしてみれば、〝見る者が見れば判る〟程度のものであったし、抑人を騙そうという「贋作」ではなくて「模作」である。なので大した事はあるまいと軽く考えていたし、クロウはクロウで〝この二人が何も言わないから大丈夫なんだろう〟――と、これまた軽く考えていた。
しかし――ちょっと待ってほしい。
〝見る者が見れば判る〟というのは、裏を返せば〝見る目の無い者には判らない〟という事でもあるのだ。
まぁ、ここでレンドがこの酒盃を実見する機会が――クロウたちの思惑どおりあったのなら、後日のような混乱は生じなかったのだろうが……生憎とそうはいかなかった。
一言で云えばタイミングが合わなかったのだろうが、レンドとスキレットの二人と同じタイミングで訪れそうな者がいなかったのである。
已むを得ず、二人に少し早いタイミングで村を訪れた冒険者に件の酒盃を託し、二人の目に留まる事を願っていたのだが……この冒険者、本人的には用心のつもりなのだろうが、ドロップを得た事など欠片も漏らさず、二人とは軽い挨拶を交わした程度で行き違ったのであるから、クロウたちの怨嗟も一入ではなかった。
――これがどういう結果をもたらすのか。それが判るには、今少しの時間を必要とした。




