第二百七十一章 アラドを巡って 2.レンドとスキットル(その2)
偶々入った店で「ドワーフの酒器」を話の糸口として、アバンドロップの事を訊き込もうとしたところが、そこの店主が実際に「ドワーフの酒器」を商った事があったため、アバンドロップに話を繋げる事ができず、ずるずると酒器の売買交渉を続ける羽目になった。
更にややこしい事に、レンドがそこそこに目利きができたせいで、本来の目的そっちのけで会話が弾む。レンド個人としてはまぁ楽しいのだが、その後に佇むスキットルの方は微妙な思いを抱くしか無い。まぁ、それを表情に出すような迂闊な真似はしなかったが。
「酒が美味くなるってなら、こいつはどうだい? 白鑞細工の酒盃だ。味がまろやかになるって折り紙付きだぜ?」
「いや、これ白鑞って言うより、ほとんど鉛じゃないですか。味はまろやかになるかもしれませんが、鉛毒が蓄積するでしょう?」
「何、頻繁に使わなけりゃそこまでの事ぁ無ぇよ」
「いやいや、ただでさえ〝酒は命を削る鉋〟なんて言われてるのに、更に毒気を追加してどうするんですか」
「いやいや……」
・・・・・・・・
暫しの後に店を出たところで、スキットルがレンドに話しかける。
「結局、お買いになったんですね、それ」
「まぁね。そこまでの値打ち物じゃないけど、手に持った感じがちょっと気に入ったし」
商売上手な店主との押し問答の末、レンドは店に並べてあったビアマグ――と言うよりエールマグと言うべきか――を私費で購入していた。
「それに……この買い物が切っ掛けとなって、耳寄りな話を聞かせてもくれたしね」
「まぁ、それはそうですけど……何も買わなかったら、思い出しもしなかったんじゃないですかね、あの店主」
「まぁ、それは向こうも商売だからね。不必要に情報を垂れ流したりはしないものさ」
「……それを見越してお買いになったんですか?」
「いやまぁ、それだけじゃなくて、こいつが本当に気に入ったっていうのもあるけどね」
どうやらビアマグだかエールマグだかを購入した事で、店主の口も滑らかになって、何らかの情報を寄越したらしい。
「けど……最初の頃にアバンで出た茶器を買い入れたのが、あの店だったなんて……」
「ノンヒューム製とは違ったみたいだけど、ためになる情報だったねぇ」
「古い時代の舶来品じゃないかって話でしたね」
どうやら、初期にクロウがアバンに流したティーセット、その一つを仕入れたのがあの店だったようだ。売り先については口を濁したものの、茶器の特色については教えてもらえたらしい。
「そう言えば……少し気になったんですけど」
「うん?」
「いえ……最初に話を持ちかけた時、態々〝ドワーフ〟の酒器って仰ったのはなぜなんですか? 〝ノンヒューム〟の酒器じゃなくて?」
丸玉アクセサリーの件でも判るように、細工物ならエルフも人後には落ちない筈。敢えて〝ドワーフ〟のと指定したのはなぜなのか?
「う~ん……確かにそれはそうなんだけどね。抑エルフの古美術品というのは、実はそれほど多くないんだよ」
「え? そうなんですか?」
「何しろ彼らは金属とは相性が悪いからね。木製品を魔術で強化するか、魔獣の素材を使ったものなら別だけど」
ついでに言うと、種族的なものなのか土魔法が使える者もほとんど生まれてこないため、原石を丸玉に加工するような事も――手作業でならやれない事は無いが――難しいのだという。
「だから、寧ろドワーフの金属細工の方が多いんだよ。特に酒と武器関連のものが――ね。アクセサリーとかはそうでもないけど」
「ははぁ……そういう事だったんですか」




