第二百七十一章 アラドを巡って 1.レンドとスキットル(その1)
場当たり的なテオドラムの行動によって、周辺各国の上層部が煩悶・懊悩して迷走しようとも、そんなのは下々の者には関係ありません――とばかりに、各国懸念の焦点となっているアラドの町に姿を現したのは、すっかりお馴染みレンドとスキットルの二人組。狙いはこの町で売り捌かれたという、アクセサリー以外のアバンドロップである。そのアバンドロップを買い入れたという店については、廃村での談話の中で訊き込んである。なので――
「今回は商業ギルドには寄らないんですか?」
「う~ん……微妙なとこだけど、僕らは別に商人じゃないし、故国を代表してここに来ている訳でもないしね。差し当たっての用事が無い以上、態々顔を出す必要は無い――かな、と」
サガンの商業ギルドに顔を出した時には、情報収集という目的があった。
しかし――今回必要な情報は、既にアバンの廃村で入手済み。今更商業ギルドを訪れる必要は無い。それに、自分たちが動いている事は、あまり知られない方が好いだろう。
そういった思惑から、今回は商業ギルドをスルーして、当該の店を訪れようと話が決まった。
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「いやぁ……他所に遠出をすると言ったら知人に頼まれて、ドワーフの手になる酒器を探す羽目になりまして」
――というのが、レンドが適当にでっち上げた口実である。
当人としては正真正銘の口実のつもりで、それを糸口としてアバンドロップに話を繋げるつもりであったのだが……
「あー……あれか。悪いがちっと前に売れちまったわ」
……この商人が本当に〝ドワーフの酒盃〟を取り扱った事があったせいで、話はレンドの予定していたのとは少し違った方向へ転がり出す。
「……え?」
「小さいが金細工だったんで良い商いになったが、細工はそこまで凝ったもんじゃなかったな。ドワーフの手じゃねぇよ。割と古いもんらしくは見えたがな」
「は……はぁ……」
酒盃は話の枕としてだけ使うつもりでいたのだが、「話の枕」の筈の酒盃が実在していたせいで、本題のつもりのアバンドロップに話を持って行くのが難しくなった。レンドにとっては計算外の展開である。
いやまぁ、ここで商談が〝ドワーフの手になる器〟の方に進んで行ったのなら、少なくともマナステラからの依頼には沿う形になったのだが、
「酒器ってんならこいつなんかどうだ? 生憎とドワーフ製じゃねぇが、ものは折り紙付きだぜ?」
拙い事に、〝知人に頼まれてドワーフの酒器を探している〟などと言ったせいで、酒器以外の〝ノンヒューム製品〟にも、況してや〝アバンドロップ〟にも、話を持って行くのが難しくなっている。レンドとしては――少なくとも当面は――このまま店主の話に付き合うしか無い。
――そう言って、小陶磁を専門と標榜するレンドの前に店主が出してきた品というのが、選りにも選って……
「はぁ……異国渡りの白磁ですか。……絵付けも凝った細工も無しでこの値段というのは、少しお高いんじゃありませんか?」
「いやいや、こりゃ素性と来歴が確りしてんのよ」
「いやいや、素性や来歴で酒が美味くなる訳じゃありませんからね」




