第二百七十章 関係各位各様~「北街道」顛末~ 7.アムルファン【地図あり】
アムルファンの商人たちは態度を決めかねていた。
それというのも……ノンヒュームとの伝手を作る事がどうにも難しそうな事から、取り残されるくらいならいっそテオドラムとの誼を復活させるか――とまで思い詰めていた矢先に、そのテオドラムが藪から棒に北街道整備の話をぶち上げた。
テオドラムが整備するという「北街道」とは、マルクトからニルを経てグレゴーラムに至る小規模な街道を指すが……肝心なのはこの街道、マルクトからそのまま西へ向かえば、アムルファン屈指の商都ソマリクを経て沿岸部に向かうのである。
すなわち――テオドラムの発表をアムルファン側から見れば、〝沿岸部からアムルファンのソマリクを経てテオドラムのマルクトへ、そこから更に東進してニルへ向かうルートを整備する〟と言っているのに等しい。そしてそのニルからは、小なりとは言えイラストリアに抜ける街道が通っている……
自分たちには何の相談も無かったが、ひょっとしてこれはテオドラムからのメッセージなのか?
「……テオドラムの場合、ついイラストリアとの確執に目がいって、北街道は軍事的な性格を持つものと思いがちだが……もしも軍事ではなく経済的な目的に基づくものだとすると、その意味するところはまるで違ってくる」
一人の男が難しい顔付きで口に出した内容に、他の面々が耳を傾け、充分に咀嚼して、
「成る程……あれが経済的な価値を持つとすれば、それはイラストリアとの交易以外に考えられん」
「うむ。ヴァザーリがあの為体ではな。使える街道の整備は必須だろう」
「だとしたら……テオドラムとしてはイラストリアとの国交、もしくは交易を望んでいるという事になる……」
……テオドラムの前科に鑑みて、てっきり軍事目的だと決めてかかっていたが、そうでない可能性が浮かんで来た。いや、どちらかと言うと、こっちの方が可能性は高いかもしれぬ。
そして……
「……その交易計画に我が国が乗るかどうか、旗幟を鮮明にしろと迫っている訳か?」
「事前の打診も何も無しに、いきなりこんな話を打ち上げたんだ。そう考えるのが妥当だろう」
……違う。
テオドラムはアムルファンの事など考えてもいない。
国内で燻りだした不満の声を沈静化するため、とりあえず打てる手を打っただけだ。付き合いの終わったアムルファンの事など、毫も念頭に残っていなかった。
「しかし……今頃になってか?」
「今だからこそ――という事も考えられるぞ? そろそろ熱りも冷めたろうと考えたのかもしれん」
「まぁ今にして思えば、あの贋金の一件には色々とおかしな点もあったからな」
――と、何となくそういう風に話が纏まりかけたところへ、些か微妙な視点からのコメントを物する者がいた。
「テオドラムと我が国の関係は、現状では微妙なものとなっている――と、世間ではそう思われているが……果たして本当にそう言えるかどうか」
こいつは何を言い出した? ――と、突き刺さる視線をものともせず、
「厳密に言えば――テオドラムと揉めたのはセルキアであって、他の町で諍いが起きたという話は聞かん。
「そして……北街道に接続する町はソマリクだ。……セルキアではなく」
ここまで言われれば、他の面々にもその先は読める。
「セルキアへの当て付け……いや、セルキアを――セルキアだけを元凶とする事で、収まりを付けようというのか?」
「考えられぬ事ではあるまい?」
「むぅ……」
「確かにそうすれば……セルキアに泣いてもらえば、他は丸く収まるか……」
確かに収まりはするかもしれぬが、些か後味の悪い話でもある。そう考えて躊躇う者もいたのだが、
「何よりだ。ここでもし色好い返事が貰えんとなれば、あのテオドラムの事だ、マルクトとヤシュリクを結ぶ街道を強化して、ソマリクには洟も引っ掛けぬ……ぐらいの事はやりかねん」
――と指摘されては、もはや肚を括るしか無い。
仲違いしたアムルファンの後釜をイスラファンに求めるというのは、これは充分に理に適った事であり、充分にあり得る話であった。
「……テオドラムの真意が那辺にあるにせよ、我々は態度を明確にする必要がある。……そういう事だな」
拙作「ぼくたちのマヨヒガ」、本日21時に久方ぶりの更新の予定です。宜しければこちらもご笑覧下さい。




